第39話

 ~DNK公式チャンネル配信コメント欄~


『相変わらず課長つぇえええwwww』


『もはや目隠しがバフになってるまである』


『今年のコミケに目隠し作業服のコスプレ集団出来そう』


『ん? 止まった?』


『tmt』


『tmt』


『tmt』


『tmt』


『トマト』


『回線トラブル?』


『ダメっぽいな』


『再開するまで好きなトマトの品種名あげていこうぜ』


『桃太郎』


『フルティカ』


『アイコ』


『ルネッサンス』


『皆トマトに詳しくて草』


 ◆


 今日も今日とて新と深層にやってきて二人で目隠し配信。


 初めて深層に来た時に比べると新も慣れてきたようで、目線はカメラに向きつつも堂々とダンジョンの中を闊歩している。


「ん? あ……あれ? 配信止まっちゃった……」


 新が持っている配信用スマートフォンの画面を見ると、ネット回線が切れてしまっている。


「どれどれ。見せてみろよ」


 本職なのでついつい手が出てしまう。手が触れ合った瞬間、新は「ひゃっ!」と声を上げてスマートフォンを落とした。


「何だよ……」


「あ……す、すみません……」


 おじさんが手に触れたのだから嫌がるのも無理はないけどドストレートな反応に若干へこんでしまう。保佳もいずれこうやって俺を臭がったり避けたりするんだろうか。


 俺が「はぁ……」とため息をつくと新が慌てて寄ってくる。


「そっ、そんな娘に嫌われた父親みたいな反応しないでくださいよ! た、ただいきなり手があたってびっくりしたというか……いやまぁ誰でもびっくりはしますけど介泉さんだったから特にと言いますか……」


「お、俺の事、そんなに嫌だったのか……」


「ネガティブすぎません!? 嫌というかむしろ――」


 新が何かを言おうとした瞬間、俺の社用携帯の呼び出し音が鳴る。


 呼び出し音は『天国と地獄』。平日の真昼間からネットワーク障害とは気が重くなる。


 まぁ丁度現場にいるし確認はしやすそうだが。


「はい、深層課の介泉です」


「ショウガイハッセイ。渋谷ダンジョン、50階層、51階層、52階層、53階層――」


 無機質な機械音声がネットワーク障害の発生を告げる。


 だが問題はその場所だ。渋谷ダンジョンの階層をすべて読み上げた後に新宿ダンジョンの深層の階層を上から順に読み上げ始めている。


「これ……マズいぞ」


「え!? せ、セクハラになります!?」


「手の話じゃねぇよ。障害だ。結構範囲が広いな。ちょっと状況確認するから待ってろ」


 ダンジョン内の回線は複数種類ある。


 ダンジョン配信者や一般人が使うための『一般回線』、企業が資源採掘の無人ロボットなどと通信をするための『エンタープライズ回線』通称エンプラ回線、それと携帯電話で電話を受けるための『電話回線』。


 俺達も配信の際は一般回線を使っているので恐らくそこで障害が起きたんだろう。逆に電話が通じているので電話回線は無事のはず。エンプラ回線が落ちると企業間の賠償問題にも発展しかねないので厄介だ。


「モンスターが暴れてたりするんですかね」


「まだ分からんな」


 俺は新に返事をしながら坂本部長に電話をかける。


「あぁ! 介泉君! 良かったぁ、電話は活きてるみたいだね。今はダンジョン?」


 坂本部長はいつもの3倍くらいの速さで話す。さすがにこの人も状況のヤバさを感じ取っているらしい。


「えぇ。渋谷ダンジョンの55階層です」


「了解。障害箇所と影響の調査は僕の方で指揮を執るから」


 さすがに電話しか通じないダンジョンの奥深くから全体の陣頭指揮は取れない。特に複数ダンジョンにまたがるような障害では無理なのでここは素直に部長に甘える事にする。


「はい、お願いします」


「じゃ、一旦切るね」


 電話を切ってその場に座り込む。


「うー……大規模障害なんですか? 緊張してきましたぁ……」


「大丈夫だよ。一応エンプラ回線が生きてるか調べとくか。社用携帯なら切り替えられるはずだから試してみてくれ」


「あ……はい!」


 新は配信用のスマートフォンを操作して回線を切り替える。


「お……復活しました!」


 やはりか。障害は一般回線だけのようだ。


 物理的な線はまとめて配線されているので、モンスターが暴れた場合は一気に切れる事が多い。特定の回線だけなのであれば単純に機械の故障だろう。


「じゃあモンスターの線は薄そうだな。指示が来たら作業するから準備しとけよ」


「はーい! 分かりま――えぇ!?」


 新はスマートフォンを凝視したまま目を見開いて驚く。


「デケェ声出すなって……」


「あ……あはは……すみません……」


「で、どうしたんだよ」


 無言で差し出されたスマートフォンには配信用の画面が映し出されている。どうやらまだ配信は生きていたようだ。マイクもカメラもミュートになっているので真っ暗な無音配信が続いているだけだが。


 問題はコメント欄。


『風神雷神の配信も止まったんだけど』


『っていうか深層の配信は全部ダメだわ』


『え? マジ?』


『回線障害?』


『DNKさん仕事してくださいW』


『デカ単芝キモ』


『はぁ……退屈なんだけど』


『配信ばっか見てんなよwww』


『これ賠償とかあんの?』


『長けりゃあるんじゃね?』


『配信出来ないって皆SNSでキレてんなwwww』


『はよ〜』


『課長サボってないで仕事しろよ』


『あれ? 俺のスマホも繋がらねぇんだけどwww』


『俺もだわ』


『それは関係なくね? おまかんでしょ』


 コメント欄ではDNKや俺への個人攻撃が始まっている。


「こっ、これが炎上か……」


 俺がそう呟くと元インフルエンサーの新は「こんな甘いもんじゃないですよ」とおちゃらけた様子で言ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る