第38話

 週末の遊園地は家族連れとカップルで賑わっている。そんなところで何故か俺はアイマスクを付けて初々しい高校生二人とカメラの前に立っていた。


「ねぇきなつさん、パパ何してるの?」


「見ちゃダメですよ。あっちで遊ぼうね〜。午後になったらパパも遊んでくれるからね〜」


 少し離れたところから保佳と水森の声がする。さすがに週末に撮影のためだけに遊園地へ来るのはもったいないので、撮影を午前でおわらせて午後は家族サービス、もとい、保佳サービスをすることにした。


 そんな訳でさっさと撮影を始めたいところだが、戸高が「ちょっと待ってください」と言って俺のアイマスクを取ってきた。


「か、課長さん? 娘さんもいたんですか? それにあの女性はどういう……え? そうなるとや、ヤマダさんは一体……」


 戸高は混乱しつつも俺に向ける視線に棘がある。まるで「死んだ奥さんとの子供を別の女に面倒を見させて自分は若い女と遊んでいるクズ」を見るような目だ。


「あー……あはは! あ、あの人は……い、従兄弟! ですよね!? 介泉さん!」


「そ、そうだぞ! 従兄弟だ、従兄弟! 仕事が忙しい日は娘の面倒を見てもらってるんだ!」


「それにしては課長さんの女ヅラしてましたけどね」


「なんだよそれ……」


 女同士で感じるものがあるんだろうか。恐ろしい恐ろしい。


「さ、撮影始めますよ! ほらほら、風香ちゃんも準備して!」


 新が余計な詮索をされる前に話をぶった切ってくれたので助かった。


 俺ももう一度アイマスクをして撮影を始めた。


 ◆


 目隠しをしてジェットコースターや落下系の絶叫マシンを堪能。さすがにいつ落ちるか分からないというのは恐怖を増大させるのでそれなりにビビってしまったが取れ高としてはどうなんだろう、と不安に思ってしまう時点で俺もだいぶ配信者に染まってきたのかもしれない。


「うーん……ミニゲームコーナーで勝負して、負けた人が罰ゲームでバンジージャンプでもしますか?」


 戸高も取れ高に不安を感じているようでそんな行き当たりばったりな提案をしてきた。


「新、どうだ? 元インフルエンサーだろ?」


「だから私は元……あれ? 元ってつけてくれました!?」


 新がぴょんぴょんと飛び跳ねていると、「保さーん!」と急いで走ってくる水森が視界に入る。


「はぁ……はぁ……た、保さん! 保佳ちゃんが迷子になったんです!」


「なっ……」


 俺はアイマスクを引きちぎって外す。


「ど、どこではぐれたんだ!?」


「あの……あっちのステージがあるところで……」


 俺は水森が指さした方向へ向かって駆け出す。


「新! スタッフの人に迷子になったって伝えてくれ! 服はピンク色! 世界一可愛い子がいたらそれが保佳だ!」


 俺はそう言い残してステージの方へと走って行った。


 ◆


 ステージの近くでは真っ黒な服を着た大人が何人もウロウロしていた。


「パパー! 助けて―!」


 保佳の助けを求める声がステージの方から聞こえたので目を向ける。


 ステージの上、まるでヒーローショーで悪役に人質に取られた子供のように保佳が若い男に捕まえられていた。


「フハハハ! こいつを返して欲しくば金だ! 金を出せ!」


「ま、待て! 早まるな!」


 一応説得を試みている人もいるがどうやらあまり効果はないようだ。


「なっ、ほ、保佳!?」


 何で保佳が誘拐されているんだ?


 悩むのは後だ。


 物陰に隠れて様子を伺う。


 何人か仲間がいるようだが、走り抜ければ大丈夫だろう。


 俺は隙をついてステージの上に向かって駆けていく。


「なっ……だ、誰だ!? 止まれ!」


 制止を振り切って俺はステージに飛び乗り、男を突き飛ばして保佳を抱きかかえる。


「逃げるぞ!」


「え!? パパ!?」


 何故か俺の登場に驚いている保佳を抱えたままステージ前の椅子の隙間を縫うように走り抜ける。


「ちょ……待て待て! 誘拐か!?」


 さっきの男の仲間が先回りして出口を塞いでくる。


「誘拐していたのはどっちだよ! この子は俺の娘だ!」


「はぁ? いや……こ、子役さんですよね? ヒーローショーのリハーサルをしてて……」


 え? どういうこと?


 ◆


「本当……すみませんでしたぁ!」


 父親の暴走でヒーローショーのリハーサルをぶっ壊すという醜態を晒してしまった。


 だが、謝罪は大事だと背中で教えるために俺は直角以上に腰を曲げてヒーローショーの監督、スタッフ陣に頭を下げる。


「いえいえ。うちも若いのがきちんと確認せずに保佳ちゃんを子役だと勘違いしてステージに上げちゃったのが原因なので……すみませんでした」


 監督は柔和な態度で俺をフォローしてくれた。


 保佳は実際迷子になりかけていた。運良くたどり着いたのがヒーローショーのステージ裏。


 ヒーローショーの中で誘拐される子供をサクラとして客席に仕込む演出があり、そのサクラで呼ばれた子役を保佳と勘違いしたらしい。


「すごく自然に演技が出来る子だったので……」


 勘違いしたスタッフも恥ずかしそうに頭をかいている。


「じゃあ保佳……女優になれますかね? やっぱりこれだけ可愛いとアイドルかな? あ……」


 スタッフ陣はそこまでだが、背後にいる水森、新、戸高、雷河達から「親バカは程々にしろ」という視線を感じる。


「はぁ……介泉さん、保佳ちゃんの事になると我を忘れちゃうんですから……しっかりしてくださいよぉ!」


「いや……すまんすまん」


 一件落着してヘラヘラと笑っている俺達の前に戸高が進み出てきてさっきの俺の謝罪よりも更にきつい角度で腰を曲げて頭を下げた。


「ちょ……ど、どうしたんだよ?」


「本当……すみませんでした! 私……課長さんはプライベートはもっとルーズで無責任な人だと勘違いしてさっきは酷いことを……」


「気にするなって」


「そーだよー! 気にするな!」


 保佳が戸高によっていってニコニコしながら足をポンポンと叩く。


「わっ……可愛い……」


 戸高は目をハートをして保佳を見下ろす。うんうん、うちの子カワイイよな。わかる、わかるぞ。


「うわっ……課長さんやべっすよ」


 スマートフォンを見ていた雷河が何やら驚きながら俺に画面を見せてきた。


 開いているのは世間で話題になっている出来事を取り上げるまとめサイト。


『【?報】目隠し課長、ヒーローショーのリハーサルに突っ込むwwwww』


 SNSにあげられた俺達の収録風景もまとめサイトに貼られていた。


「な……なんで俺がここにいることが?」


「まぁ目隠しして遊園地にいたら目立ちますよねぇ」


 もうちょっとした有名人じゃないか、これは。


 どうやら俺がいると分かったため遊園地内のライブカメラ配信に人が集まり、そこが実況場所になっていたようだ。


「パパ、格好良かったよ! 本当にヒーローみたいだった!」


「保佳ぁ……」


 娘、マジ天使。


 ◆


 〜遊園地内ライブカメラ配信のコメント欄〜


『目隠し課長の家族サービス風景と聞いて』


『あの人プライベートでも目隠ししてるの?www』


『収録してるっぽいぞ。風神雷神とのコラボだろうな』


『そういうことか』


『ヤマダちゃん見た人いるの?』


『後ろ姿だけだな。顔が写ってる写真は全部モザイクがかかってたわ』


『何それ。モザイクかけさせてるってこと?』


『どうやってるのか知らんけど勝手にモザイクがかかるらしい』


『何だそれww』


『ん? なんかヒーローショーのステージでトラブル起きてないか?』


『課長wwwwwwww』


『なんで課長がヒーローみたいなことしてんだよwwww』


『え? え? 課長が幼女を誘拐してる?』


『ガチの犯罪はメッ』


『なんだなんだ?』


『けど女の子はずっと課長の側にいるよな?』


『娘じゃないか?』


『え? 課長って子供いたの?』


『なんか寝取られた気分だ……俺達の課長が……』


『課長勝ち組じゃねぇか。子持ち、出世してる、高収入。はー、くそうぜぇ』


『おっ、ついにオッサンにもアンチが湧くようになったのか』


『ま、住む世界は違うわな』


『おっ、流れ変わったな』

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