第37話
「寝取るって……またそりゃ大層な話だな……」
適当に言葉を選びつつ返すと戸高はニッコリと笑う。
「ふふっ。ただのドッキリですよ。私が課長さんと付き合ってると雷河に勘違いさせるドッキリです」
「あぁ……なるほどな……」
二人はビジネスカップルではあるが世間はそうは見ていない。
戸高が浮気をしていたら、というドッキリを仕掛けるための仕掛け人になれ、ということらしい。
「それ……さすがに会社の許可は出ないような……」
新の感覚はすこぶるまとも。浮気云々を抜きにしても女子高生と交際している体で進む企画は色々と炎上リスクがありそうなのでいい反応はされないだろう。
「そうだな。戸高、それはさすがにキツいぞ……」
「そうなんですか? 絶対にバズりますよ!」
戸高は目をキラキラさせながらそう言う。
こいつの頭の中にあるのはバズるかそうでないかの二択なんだろう。そこにあるリスクは度外視。まぁ高校生だしそんなもんかもしれないが。
それと、これは俺じゃなければ良いかといえばそうではない。
戸高はビジネスカップルと割り切っているが、恐らく雷河はそうではない。戸高にガチ恋している。まぁ戸高は気づいていないみたいだが。
ドッキリとはいえ、戸高が誰かと付き合っているなんて知った瞬間の雷河の心中を想像するととてもじゃないが推奨できる企画じゃない。
かといって「雷河はお前のことが本当に好きなんだぞ」と外野からネタバラシをして高校生の恋路を邪魔するなんてもっての外だ。
「あー……まぁバズるかもなぁ……」
俺は適当に口を動かしながら隣の新に視線を送る。これは俺よりも新の方が得意分野だろう。
新は俺と目を合わせると「任せろ」と言いたげに親指を立てた。
「あ、あの! 風香ちゃん、それはちょっと……私からもNGかなって……」
「どういうことですか?」
戸高の気の強さに押されて新は小さく悲鳴を上げてビクッと体を震わせた。
こいつ、まさか「私が嫌だ」って言えば戸高が引き下がるなんて思ってたんじゃないよな。
「あうっ……ええと……か、介泉さんがそういう企画に参加するのがちょっとなぁって……あは……あはは……」
ふわふわとした理由で新はかわそうとするが戸高にそれは通用しないようだ。
「なんでヤマダさんがそう思うんですか? ただの上司ですよね?」
「えっ……そ、それは……その……」
女子高生に詰められる社会人の姿は見ていられない。助け舟を出そうと「あのな」と言いかけた瞬間、新は顔を真っ赤にしてその場で立ち上がった。
「わっ……私は束縛が激しいんです! こ、この人は上司でもあり……その……こっ、恋人なので……企画とはいえ浮気ドッキリはちょっと……こういうのは誰も傷つかない、平和なものが良いと思うんです! これは私が傷つくからだめです! ダメなんです!」
新は下を向いたまま一気に言い切る。なるほど。俺と付き合っているという体にして乗り切る作戦か。
大人二人が狼狽えているのもみっともないのでここは新に乗っかるしかない。戸高は俺のプライベートの事情は知らないはず。年の差カップルということでここは乗り切ろう。
「えっ……で、でも課長さんって奥さんが亡くなったって……」
ああああああ! そう言えば初めてダンジョンで会った時に話してたなぁ! 俺の馬鹿! とんだクズ野郎になるじゃねえか!
新は俺に対して「それは話してたのかよ!」と言いたげな視線を送ってくる。「新、頼んだ。うまく誤魔化してくれ」と俺も視線で送り返す。
「あー……ええと……そっ、そういうことなんです! 孤独を埋めてあげてるんです! ウオっ……大人の関係です! ポンチ絵で鉛筆なめなめなんです!」
テンパりすぎて新は支離滅裂なことを言い始める。それを聞いて呆然とした戸高が「ちんぽ絵……なめなめ……」と呟いている。
さて困った。ポンチ絵とナメナメを並べるなと注意をするのもセクハラ。黙れば余計な既成事実が生まれるという引くも進むも地獄な空間になってしまった。
「あっ……あはは……」
俺に出来ることは苦笑いのみ。時間よ、早く過ぎ去ってくれ。
「ほ、本当ですか……? それはそれで奥様が傷ついたり……まぁ死人に口なしですけど……」
「サラッと怖いこと言うなよ……」
戸高はそう言いつつも腹落ちしたように頷く。
「うん……けど、そうですね。言われてみて、自分がその立場になってみたらって考えたら分かりました。たしかにこんなドッキリ、気持ちの良いことじゃないですよね。ビジネスカップル解消ってなったらここまで積み上げた数字も水の泡ですし」
「そ……そういうこと! やっぱり仲良しが一番だよぉ! ね? 介せ……保くん!」
「えっ!? あ、そ、そうだよなぁ!? あ、新ちゃん!?」
「ふふっ。二人は仲がいいんですね。あ! じゃあこういうのはどうですか? 四人でダブルデート。勿論ヤマダさんは顔出しなしで、付き合っていることも隠しつつで」
戸高は当初よりはマイルドだが俺にとっては中々にハードルが高い要求をしてきた。
「なんだよそれ……」
「いいですね! やりましょう!」
呆れている俺をよそに新は戸高と固い握手を交わして承諾する。
え? ガチでダブルデート企画するの?
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