第40話
障害の影響が大きすぎるということで各ダンジョンの深層にあたる50階層以降が閉鎖されることになった。
俺と新もオフィスに戻り、全員が駆け足でオフィスを動き回っているお祭りのような空気感を浴びる。
「うはぁ……ヤバいですね……」
「今回はでかそうだな……」
回線の障害は頻発こそしないものの、何年も働いていれば大なり小なり見るものではある。だが今回の規模は明らかにこれまでとは違っていた。
俺は坂本部長と他の課の課長が集まっている会議室を見つける。
「新、方針が決まるまで座って待ってろ」
「はーい」
新を自席に戻し、一人でその会議室に入る。
「――だから……やっぱり新しい装置が良くなかったんだねぇ。安物だし、まぁ……そんなもんか――お! 介泉君! 戻ってきたね」
坂本部長が俺を手招きして空いている椅子に座らせる。
「何が原因か分かったんですか?」
「うん。障害範囲は都内でうちがネットワークを管理しているダンジョン全部の深層部分と一部の下層。で、各階層で導入している機器をプロットすると……ドーン! と」
坂本部長は2つの絵を重ね合わせる。要はとあるメーカーのネットワーク機器を導入している部分がまとめてダメになったらしい。
「これ……コストカットで新しいメーカーから仕入れた装置を使った部分ですか……」
「そういうこと。今、サポートに聞いてもらってるけど原因は多分これだろうねぇ。他の会社でも同じようなことが起こってるみたいだから」
「じゃあメーカーの修正パッチ待ちですか」
「そうだねぇ……応急処置としてエンプラ回線を解放するかどうかだけど……うーん……どうしたもんかなぁ……動画配信の負荷って馬鹿にならないから、企業の無人機を止めちゃう方がヤバいんだよなぁ……」
当面は出来ることはない。そんな空気になりかけたところで会議室に飛び込んできたのは広報部の小鳥遊さん。
「ちょっと! 電話が鳴り止まないんですけど! 配信が炎上しているそうじゃないですか! どうなっているんですか!」
「どうなってるもこうなってるも……機器の故障で回線が落ちてるんですよ」
俺が答えると小鳥遊さんは唇をプルプルと震わせる。
「それは分かってます! スマホの回線が通じないだとか、家のパソコンがインターネットに繋がらないとか、そんな的はずれなクレームまでコッチに来てるんですって!」
「なっ……なんですかそれ……」
DNKはダンジョン内の回線しか担当していない。もし他の会社が同じメーカーの機械を使っていたら別の所でもトラブルは起きるだろうけど、それはうちが知ったこっちゃない話だ。
いや、そういえばコメント欄にもそんなこと書いてるやついたな。もしかしてあのコメントのせいでうちが原因だと勘違いしているやつがいるのか?
小鳥遊さんを連れて会議室から出て、遠くにいる新を手招きして呼び寄せる。
「ふぁいふぁーい。なんですか?」
新は呑気に机にあった飴を舐めながら近づいてきた。
「炎上だ。謎のクレームが鳴り止まないらしいんだよ。家のインターネットが繋がらないってことまでうちのせいにしやがってるやつがいるんだって」
「へぇ……暇なんですねぇ。愉快犯ですよ、愉快犯」
新は飴を転がしながら平然とした口調でそう言う。さっきまでは大規模障害でビビってたくせに。
小鳥遊さんと俺のおじさん二人は自身が燃える対象になるのが初めてなのであたふたとしているが、さすがに新は元インフルエンサーなのでこの手の話題は慣れているようだ。
「問い合わせは広報部で受けるようにしているんですが、電話の数が足りなくてまともに捌けなくて……」
「うーん……じゃあ配信しましょうか」
「配信!? こんな時にかよ!? 火に油を注ぐようなもんだろ!?」
「今は草原が燃えてるんです。何もしなくても燃料はたーくさんある。というか今の時代、外から燃料を持ってくる人だっている。バズったもん勝ちですからね。それならいっそのこと、ヘリから大量に消火剤を撒いてみませんか? 文字通り草の根でやってたって意味ないですよ」
一人一人に対して電話で応対するくらいなら配信でまとめて発信してしまおうということか。
「か、会社の公式見解にならないと良いのですが……」
小鳥遊さんの懸念は最も。保守的な会社なので後でなにか言われそうな気もする。
「じゃ目隠し変態おじさん個人の意見ってことで。どうします?」
新は炎上を楽しむようにニヤッと笑って俺と小鳥遊さんを見上げる。
「じょっ……上長に確認してきます!」
鳴り続ける電話に嫌気が差していたのか、小鳥遊さんはダッシュで自席へと戻っていった。
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