第41話

 会社の会議室で目隠しをして椅子に座りカメラでそんな自分の姿を撮影される。しかも上司や上司の上司が見守る中で、だ。


 10年前の俺、聞いてるか? 10年後にお前は変態目隠し課長として、目隠しをして謝罪配信をすることになってるぞ。


 よくもまぁこんなことを頭の硬い上の人達が承認してくれたもんだと思う。


「じゃ……初めますね。介泉さん、カンペは見えてますか?」


「おう。大丈夫だ」


 今日はさすがに俺の一存では決めかねる事が多い。発信元として影響力があるため矢面には立つが、今日の俺は腹話術の人形だ。


 透けるタイプの目隠しをして、目隠し変態課長としてカメラの前に出つつ、上の人のチェックを通ったカンペを読むだけだ。


 コメントは耳につけたイヤホンから読み上げソフト経由で内容を知ることで見えていないフリをする。


「じゃ、始めまーす。5……4……3……2……」


 直立した柚谷がカンペを見せてくる。


「あー……この度は都内の各ダンジョンにおける回線障害につきまして、皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけてして大変申し訳ございません。現在の調査状況をお伝えさせて頂きます」


『カンペある?』


『さすがにあるでしょ』


『目隠ししてんのにどうやって読むんだよwww』


『この人なら読めると思ってしまうのが怖いところ』


『課長の個人見解でしょ?』


『カメラの反対側に偉い人が並んでそう』


 この場を見通しているかのようなコメントに思わず吹き出してしまう。


「課長! 今日は真面目な配信ですよ!」


「真面目な配信なのに目隠ししてる時点でな……」


「じゃあ取ります?」


「取ったらただのおっさんだぞ!? 何が悲しくておっさんが一人で謝罪する配信なんか見てんだよ、皆」


「それは目隠しをしていても取っていてもそうですよ」


 言われてみれば。俺と新でいつものノリで話しているとさすがに偉い人も首を横に振り始めた。


「あー……カンペに戻るぞ」


 もうリスナーにはバレてるし、これはあくまで俺の個人見解なので良いだろう。


「原因は調査中ですが、同時多発的に発生していること、他社でも同様の事例が発生していることから特定のメーカー機器の不具合と想定しています。メーカーからの公式見解が出次第、正式にご報告いたします」


『で、賠償は?』


『DNK社員の給料、9割カットでも500万あるってマ?』


『マジで回線使えないと困るんだわー配信できねー俺が配信できないと日本経済止まんだけどー』


 止まるかよ、バカ。


 一応は謝罪と報告のための配信なので喉まででかけた言葉をぐっと飲み込む。


「ダンジョンの深層の閉鎖解除についてはダンジョン管理局の案内をご確認ください。我々はネットワークの復旧に全力を尽くします」


『全力で配信してて草』


『さっさと作業行けよ』


 出来ることがねぇんだよ、タコ。


 いかんいかん、我慢だ、我慢。


「以上が都内のダンジョンにおけるネットワーク障害に関するご報告です。続報はダンジョン管理局、もしくは弊社のホームページをご確認ください。……続いて弊社窓口に対するいたずら電話に関する注意喚起です。弊社はダンジョン内のネットワークを担当しています。皆様の家庭内のインターネット回線、スマートフォンの通信については関与しておりませんので適切な窓口への問い合わせをお願いいたします」


『DNKに凸ってる情弱いるの? 草生える』


『いいから早く直せ!』


『インターネットが使えないので携帯から見ています。携帯の通信料金は負担してくださるのでしょうか』


 するわけねぇだろ。


「弊社の電話窓口はDNKの企業活動全般に関するお問い合わせのみ受け付けております。法人様からのダンジョンのネットワーク障害に関するお問い合わせは外部の専用窓口にお願い致します。本来必要とされるお客様のため、何卒いたずら電話はお控えください」


『で、いつ直るの?』


『修理頑張ってください!』


『無能な高給取り集団www』


『はよ直せー配信してんじゃねぇよー』


 こいつらは人の話を聞いてないのか?


 普段は目隠しをしているし戦闘に集中しているのでまともにコメントを見る機会は少なかったのだがここまで民度が悪かったとは。いや、普段はもっといいがこういう時だから便乗した愉快犯が多いんだろう。


 俺は怒りに任せてパァンと膝を叩く。


「あんなぁ……オメェ等よ。どんなインフラも普段当たり前に使えんのが普通だと思うなよ。毎日毎日、誰かが夜勤して維持してるおかげなんだわ。週末も何も無くてずーっと電話とパソコンを持ち歩いてよぉ。寝てる時に電話で起こされんだぞ? そんで使えてる時は何も言わずに使えなくなったらブーブーと関係ねぇやつまで文句言いやがって――」


「課長! それは個人的見解ですか!?」


 新の声を聞いて我に返る。いかんいかん。耳元から聞こえるコメントが不愉快すぎてキレてしまっていた。


「こっ、個人的見解だ! とにかく、直せるならもう直してるんだわ。直せる見込みが立ったり、再開する時間がわかったら速やかに発信するからよろしくな」


「あ……あはは……よ、よろしくお願いしまーす……はい! 配信閉じました!」


 俺は「ふぅ」とため息をついてアイマスクを外す。


 カメラに映らない位置にいたおえらいさん達は呆れた様子で部屋から出ていく。まぁ途中からカンペは無視するわキレるわで良くなかったよなぁ。


 坂本部長はニコニコしながら俺の方へとやってきて、肩に軽くパンチをした。


「言ってくれるじゃないの。いいねぇ、もっと言ってやれば良かったのに」


「い、いやぁ……さすがに言い過ぎましたよ……すみません」


「ま、ここにいた皆が思ってることだと思うよ。使えて当たり前、使えなきゃおかしい。それが当然になってるし、勿論マインドとしては僕達もそこを目指さなきゃいけないんだけどさ……難しいよねぇ」


「えぇ、そうですね」


「ま、何にしてもお疲れ様。これで少しは電話が減るといいね」


「逆に増えちゃいそうですけどね……」


「アハハ! 広報部には一緒に謝りに行ってあげるから!」


 坂本部長なりのフォローなんだろう。少し気が楽になってきたところで、最上が慌てて会議室に飛び込んできた。


「かっ、課長! 修正パッチ出ました! 1台ずつ現場で接続して適用するそうっす!」


「おっ、早いな。じゃあ今から行くか」


 時間を確認するためにスマートフォンを開く。


 すでに夕方。これから作業手順を確認して順番にやっていったら徹夜コースは確実。まぁこういう日もある。仕方ない。


 気になったのは水森からの着信。かれこれ10分おきに5軒来ていた。


 保佳に何かあったのか? 俺は慌てて電話をかける。水森はすぐに電話に出た。


「水森、どうしたんだ?」


「あ……保さん。すみません……今って忙しいですよね?」


「むしろこれからだな。保佳に何かあったのか?」


「はい……実は熱を出しちゃって……パパとお話したいってグズって聞かないんですよ……」


「あぁ……代わってくれるか?」


 ハンズフリーに切り替えたのか、少し遠い場所から「ほのちゃん、パパですよ」と聞こえる。


「パパ……早く帰ってきてね。お仕事頑張ってね。ほのも頑張るからね」


「ほっ……保佳ぁ……」


 配信でのやらかしの後悔がまだ残っていたようで感極まった俺がボロボロと泣いていると「ばいばい」と明るい声がして電話がブツッと切れる。


「だ……大丈夫っすか?」


 最上が号泣する俺を見てドン引きした顔で聞いてくる。


「だ、大丈夫! 子供が熱を出しただけだよ」


 俺がそう言って誤魔化すと最上はてくてくと坂本部長へ寄っていく。


「あー……あ、坂本部長。Sランクのおっさんって今日必要です? 復旧作業って他の課のエンジニアも協力してくれるんすよね? SSランクが5人居たら余裕じゃないっすか?」


「え? あー……ど、どうだろうね……」


「それか、今から深夜までやるチームと深夜から朝までやるチームに別れるでしょうし、Sランクのおっさんは夜勤にしましょうよ。ウチら、朝まで働くと肌が荒れるんすよ。ね、新さん」


 最上は俺に気を使っているのかベラベラと適当なことを話す。


「気遣いありがとな。ま、現場の責任者は俺だし……」


「じゃあ手順書を作ってる間だけでも娘さんの顔を見に帰ってあげてください。そのまま添い寝して寝落ちしたらSSランク5人……いや、7人でフルボッコにするんで覚悟しといてください」


「7人って……後誰だよ……」


「私達ですよ、課長さん」


 会議室の陰から入館証をぶら下げた戸高と雷河がひょこっと顔を覗かせる。


「な、何でここに……」


 俺が驚いていると戸高は頬を膨らませて俺に寄ってきた。


「コラボ動画の撮影に決まってるじゃないですか! 作業服を着てLANケーブル作成体験の動画撮影をするって約束、忘れてたんですか!? まぁ……今日はトラブルがあったみたいですから仕方ないですけど」


「あ……と、トラブル関係なく忘れてたわ……」


 戸高はもう一度頬を膨らませて俺を睨む。


「エンジニアの人達の護衛は任せてください。万が一に備えてヒーラーの知り合いも呼んでますから。Sランクのおじさんは早く帰ってくださーい!」


 戸高は俺の背中を押して会議室から追い出す。会議室の前には斯波さん、智山、クロワも来ていた。


「あー……高校生を働かせるのはコンプラ的に微妙だから、偶然居合わせたことにしてくれ」


「はい! それじゃまた!」


 家と会社の往復で1.5時間くらいか。タクシーを使えば短縮できるか。


 俺はこれから帰宅ラッシュで込み始める都内での最適な移動経路を考えながらオフィスを後にした。

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