第42話
家に帰って即座に寝室へ。保佳は寝室で水森と横になっていたが、俺が帰ってきたと分かるやいなや起き上がる。
「パパ! おかえり!」
「ただいま、保佳」
保佳の笑顔を見ると謝罪配信でのやらかしはすっかりと忘れてしまえそうになる。
「保さん……帰ってこられたんですか?」
「あー……ま、後でな」
保佳にまたいなくなると思わせるのは可哀想なので濁しておく。
ベッドの端に腰掛け、保佳の左手を握る。水森が右手を握ると、保佳は交互に俺達の顔を見てきた。
「眠くなってきちゃった。おやすみぃ……」
そのままものの十分もせずに就寝。水森と二人で寝顔を眺める。
「普段はもっと時間かかるのに。よっぽど疲れてたんですね」
水森は保佳を起こさないように囁き声で話しかけてくる。
俺は空いている手でリビングの方を指差す。
もう寝付いただろう。そう思って手を離した瞬間、保佳の母親譲りの大きな目がパカッと開いた。
「パパぁ……ふみゅ……」
ゆっくりとまた目が閉じる。驚かせやがって。
もう一度ゆっくりと離れて寝室を消灯。リビングに水森と戻る。
「お仕事、大丈夫なんですか?」
「いや……抜けてきた。まぁすぐ寝てくれたから良かったけど。ちょっと仮眠して戻るわ」
「大変ですね。配信、炎上してましたよ? 『開き直るなー!』って」
「見ないようにしとくわ……」
「それが良いです。保さん、言うほど強くないですからね」
「そうだよなぁ……寝るわ……1時間くらいしたら起こしてくれるか?」
「はい。おやすみなさい」
作業服を脱ぎ、寝室へ。保佳の隣でごろりと寝転ぶと寝返りを打った保佳が抱きついてくる。
「ぱぱぁ……」
保佳の寝言を聞いている内、気づけばうとうとしてきて寝落ちしてしまっていたのだった。
◆
水森に起こされて重い頭を引きずってリビングへ。社用携帯を見ると新から通知が来ていた。
『介泉さんとセットで夜勤担当になりました! おやすみやさい!』
「どんな野菜だよ……」
突然の大規模障害に、配信のやらかしに、唐突な夜勤。ネガティブになる要素ばかりではあるが、新のメッセージにツッコミを入れるだけで不思議と元気になってくる。
「彼女でも出来たんですか?」
水森が包丁を手にして真顔で尋ねてきた。
「ち、違うから包丁をしまってくれ!」
「明日の朝ごはんの準備ですよ。常備菜も作っておきますから、帰ったら食べてくださいね」
「あぁ……ありがとな。行ってくるわ」
「はい。いってらっしゃい」
水森が玄関まで見送りについてくる。
「見送りなんて要らないよ」
「念のためです。保佳ちゃんに『パパは元気にお仕事に行きましたよー』って言わないといけないですから」
水森はそう言って自分の両頬を人差し指で伸ばす。
「笑顔、ですよ」
俺も無理やり頬の筋肉を動かして笑顔を作り、玄関の扉を閉めた。
◆
オフィスの仮眠室では新がくぅくぅと寝息を立てていた。女性専用もあるというのに男女兼用の方で服をはだけて寝ているのでどうにも目のやり場に困ってしまう。
「起きろー。そろそろ準備するぞ」
「ぎにゃっ! あ……介泉さん……おかえりなさい。あっ……」
新は慌てて髪の毛のハネを直し、服のボタンを止め直した。
「会社に来て『おかえり』なんて言われるとはな」
「あはは……社畜極まっちゃいますねぇ……んんー! やるかー!」
新は寝起きにも関わらずいつもと変わらない様子でグッと伸びをして立ち上がった。
「保佳ちゃん、大丈夫でしたか?」
「あぁ、すぐに寝たよ」
「それは良かったです。あ、そういえば復旧作業はもうほとんど自動化されていて繋いでポチッで出来るみたいです。最上さんがサクッと作ってくれました」
「すげぇなあいつ……」
「ま、1台ずつ本体に繋いで作業をしないといけないのは変わりませんけどね。後は多分渋谷ダンジョンかなぁ……一番最後に回されていたので」
「なるほどな。分担確認したらもう行くか?」
「はい! 行きましょ〜! おー!」
◆
分担は新の予想通り渋谷のダンジョン。
順調に作業を進めてやってきたのは60階層。
「ここ、ボス部屋にも装置があるんですよねぇ」
「あぁ……あのトラウマ部屋か」
「私のトラウマ、見せませんよ?」
「どうせ落とし物したとか大学の単位を落としたとかそういうやつだろ……」
「私ってなんでも落としがちだと思われてるんですか……」
「冗談だよ。おぉ、ここだな」
ボス部屋のモンスターは倒されてもしばらくすると復活する。つまり、この部屋もまたどちらかのトラウマ要素が現れるんだろう。
ドキドキしながら扉を開ける。
扉の向こうはまるで我が家と繋がっているかのような光景。自宅の寝室がそのまま再現されていた。窓は開け放たれ、カーテンがひらひらと揺れている。
ベッドの上はもぬけの殻。本当に自宅と繋がっているわけでは無いに決まっている。
その理由は2つ。1つは保佳や水森がいないこと。
もう一つは、部屋の真ん中で由佳が浮いていたこと。赤寄り茶髪、白いワンピースを着て、生前にダンジョンで暴れまわっていた時に良く見た片刃斧を持っている。
「くっ……まじかよ……」
「え……あれはまさか……」
「嫁さんだよ。ま、俺の妄想だな」
「あ……で、出直しますか? さすがにこれは……」
由佳を倒さないと装置は直せない。かといって新は実力面で満足に戦えない。
つまり、俺が由佳を倒すしか無いということだ。
「久しぶり、保」
由佳はゆっくりと地面に降り、何事もなく日常を再開するように話しかけてきた。
「由佳……」
「ごめんね、来ちゃった」
「悪いと思ってるなら早く帰れよ」
「酷いなぁ。せっかく会いに来たのに。保佳、元気そうだね。子役にするの? 将来はアイドルかなぁ?」
この由佳は俺の妄想から現れている存在。だから最近のことも知っているだけだ。
そのはずなのに、どうにも由佳が由佳らしすぎるのだ。
疑問形で話すときに右上を見る癖なんかは本物より本物らしい。
「なぁ……もしかして本当に由佳なのか?」
「そうだよ。命日はおもてなししてくれてありがとね。楽しかったなぁ」
「目玉焼き、作ってくれてたよな」
「うん。あの女みたいに綺麗に半熟にはならないけどね」
「水森のことか?」
「そうそう。はーあ……保さぁ、なーんか最近は周りに女が多いよねぇ。しかも可愛い子だらけ。その子も可愛いしさぁ。名前、同じだよね? 私、由佳っていうの」
由佳は新に親しげに話しかける。
「えっ!? あっ、あのー……あ、新です! 旦那様にはいつもお世話に――」
「アホ。こりゃ俺の頭にいる幻覚だよ」
「そうすると介泉さんは私のことを可愛いと思っていると?」
「なっ……そ、そういう話じゃねえよ!」
「保の好みのタイプは私よ。会社の人だと……うーん……柚谷ちゃんが似てるんじゃない?」
由佳はニヤニヤしながらそう言う。
「か、介泉さん、そんなこと思ってたんですか……」
「思ってねぇよ!」
そんなこと微塵も思っていない。いや、思っていないとするとそれはそれで問題だ。
目の前にいる由佳は一体何者なんだ、と。
「本物……? 生き返った……訳じゃないよな」
由佳は悲しそうに頷く。
「戻れるものなら戻りたいね。ここで会うのが限界だった。良かった、保が渋谷ダンジョンに来てくれて。他の人だったら意味なかったし。呼び出す口実で機械をいじってたんだけど……ごめんね、仕事増やしちゃって」
「障害も由佳のせいかよ……」
障害原因はお化け、なんて話があってたまるか。
「保、おいで」
由佳は武器を投げ捨てると穏やかに微笑み両腕を広げて俺を迎え入れる体勢をとった。
ふらふらと俺の足は由佳にむかっていく。ふと気づくと新が俺の手を掴み、踏ん張って止めていた。
「介泉さん! だめです! モンスターですよ!?」
「違うよ、あれは由佳だ」
「違います! モンスターです!」
「もうモンスターでもいいよ」
今日さ、仕事で夜勤なんだわ。保佳が熱を出したから1回家に帰ってまた夜中に出勤して。無理させる対象が由佳から水森になっただけで何も変わってないよな。そういえば配信でやらかしちゃってさ、炎上が更に酷くなりそうなんだよ。インターネットって怖えよな。俺も晴れてネットのおもちゃだわ。
弱音ばかりが喉から飛び出したがる。由佳に話を聞いてもらって、その後に修理すれば良い。明日の朝までに直ればいいんだから時間はある。
由佳に抱きつき「会いたかった」と呟いた瞬間、背中に鋭い痛みが走る。
ぼんやりとしていた頭がクリアになる。
目の前にいるのは由佳じゃない。由佳の見た目をしたモンスターだ。
若者の忠告を効かないおっさんは老害だよな。
そんな後悔をしながら俺は意識を失っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます