第43話

 目が覚めると少しだけ見覚えのある部屋で寝ていた。


 ここは渋谷ダンジョンの医務室。


 そうか。由佳に扮したモンスターにやられたんだったか。SSランク公認をもらって無くてよかったと心底思う。


「課長さん、おはようございます」


 声をかけてきたのは知らない看護師。一方的に俺のことを知っているんだろう。有名人なら普通なんだろうけど妙な居心地の悪さがある。


 いや、それよりも新だ。


「あ、新は!? 俺と一緒にいましたよね!?」


「大丈夫。生きてますよ」


 看護師の言い方に引っかかる。つまり、無傷ではない、ということ。


「何があったんですか?」


「深層で起こったことは何も。課長さんは背中を刺されて大量出血。部下の女性は課長さんよりも深い傷を負いながらも課長さんを背負って帰還してきたと聞きましたよ」


「なっ……」


 俺は慌ててベッドから飛び降りる。


「ま、待ってください! もう少し安静にしてから……」


「もう治りました」


 俺の意思は硬いと見たのか、看護師は諦めたように医務室の扉を開ける。


「……こちらです」


 新がいるのは隣の部屋のようで、すぐに到着。


 看護師が扉を開けると、頭を包帯でぐるぐる巻きにされた新が虚ろな目をこちらに向けた。


「あ、新……」


 新は俺だと認識すると目を輝かせる。


「介泉さん! よかったぁ! 元気になったんですね!」


「新……元気なのかよ……良かった……」


 看護師の人の落ち込んだ雰囲気は何だったのかと思わされる。


「元気ですよぉ! クロワさんの時も思いましたけど、ヒーラーって凄いんですねぇ」


 ニコニコしている新を見ると妙に安心させられる。


「そうだな。完璧に元通りみたいだな」


「あ、でもちょっと傷跡があるんですよ。ま、滅多に人に見せるところじゃないんでいいですけどね」


 新はそう言ってパジャマの裾をたくし上げて真っ白な脇腹を見せてくる。そこには確かにみみず腫れのような赤い線が残っていた。


「そうか……」


 いや、看護師が落ち込んでいたのはこれか!?


 女性の身体に傷が残るなんて、顔じゃないからセーフなんて事はないだろう。


「新! その……せ、責任は取るからな!」


「えぇ!? そ、その責任というのは具体的には……」


 新は驚いた様子で尋ねる。


「あー……いや、その……」


 勢いで言ったはいいがこれはセクハラじゃないだろうか。実質求婚みたいなものだし。


 俺が戸惑っていると新はニヤリと笑う。


「なーんちゃって。手術で綺麗に消せるらしいです。凄いですよねぇ」


「んだよ……心配させやがって」


「あ、責任ってなんですか? どう取るんですか? 脳内議事録に取りましたよ。『本件の責任は私の人生をかけて取らせて頂く』って」


「わ、忘れろ! 何でもねぇよ! それと盛るな! そこまでは言ってないだろ!」


「あははっ! あ……全面復旧したみたいですね。良かったぁ」


 新が部屋に備え付けられていたテレビに目をやる。


 見出しは『ダンジョン深層の回線障害復旧。既に入場制限も解除』となっているので、俺達の会社の出番は終わったようだ。


「ま、俺達は寝てただけみたいなもんだけどな」


「あはは……本当ですよね」


 新と二人で笑っていると廊下がにわかに騒がしくなる。


「課長さん! あ、あれ? いない!?」


「……失踪?」


「それは困るんすけど!」


「新さんはこちらの部屋ですのね」


「じゃあそっちじゃない?」


 そんな会話が聞こえたかと思ったら俺達のいる部屋の引き戸が開き、柚谷や智山を始めとする深層課の面々に加えて戸高と雷河が続々と部屋に入ってきた。


 最後に入ってきたのは水森と保佳。


「パパー! お怪我したの? 絆創膏持ってきた!」


「ありがとな。ちょっとママと喧嘩してたんだ」


「ママがごめんねだって。自分のせいじゃないけど一応謝るってさ。パパが悪いことしたの?」


「ま……パパが悪かったんだな」


 俺が会ったあいつはモンスター。本物の由佳は別の所から見てくれていたんだろうか。


 地下にある医務室には気持ちを安らげる目的でダミーの窓が取りつけられている。空いていないはずの窓の前にかけられたカーテンはエアコンの風を受けたのかひらひらと揺れていたのだった。


 ◆


 半期に一度の組織改正。坂本部長から次の半年の組織体制が発表されたので俺は部下である深層課の皆にその報告をした。


「――ってわけで、俺は上層課に異動な。深層課のメンツで他に異動は無し。新しく来る課長は前の下層課の課長の人だから知ってる人だな。ま、よろしく頼むわ」


「うえぇん……介泉さんいなくなっちゃうんですかぁ……」


「別に辞める訳じゃないしオフィスのフロアも一緒だろうが……」


 上層課はその名の通りダンジョンの上層部のネットワークを担当する課だ。ダンジョン探索の初心者が集まるような階層なのでモンスターも強くなくマッタリしているとの噂。


 今回の人事異動は大きな動きはなく、単に坂本部長配下の課長陣がローテーションで動いただけ。本来なら下層課と深層課で課長の交換となる予定だったらしいが、仕事がつまらないと有名な上層課に異動させられたのは坂本部長の更に上の人が以前の炎上騒ぎの禊として提案したとかしていないとか。


「あ、これ持っていってくださいね」


 新がスーツのポケットから目隠し用のアイマスクを取り出して渡してきた。


「もう使わねぇよ……」


「ええ!? 上層課でも配信しますよね!? 私、カメラマンしますよ!?」


「どうしようかな。ま、もう十分だろ。俺は普通のおっさんに戻るよ」


 慣れないことばかりで意外と心労が貯まっていた気がするし。会社からは配信自体を禁止されているわけじゃないが、次にやらかしたらいよいよどこに飛ばされるかわかったもんじゃない。


「じゃ、これは私が持っておきますね。必要になったら机まで取りに来てくださーい」


「はいよ」


「あ……じゃあ最後にリスナーの人にお別れの挨拶でもしておきましょうよ。動画で!」


「まぁ……それくらいなら……じゃ定例は終わり。新、さっさと撮るぞ」


「はーい!」


 ぞろぞろと会議室を後にするメンバー。


 新と俺の二人が残り、俺はアイマスクを顔につける。


 まぁ上層課に異動してもすぐに身バレしてしまい、迷惑系配信者に追いかけ回されるようになってしまったのだがそれはまた別の話。

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ダンジョンのネット回線工事担当のおっさんは実力を隠してSランクダンジョンの回線増強の仕事に励むも、回線テストで事故って最強バレしてバズってしまう 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai

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