第2話

 76階層。本来であれば誰も足を踏み入れたことがない領域は、光る苔によって幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「うわぁ……綺麗……映えるぅ……」


 俺の隣を歩く新は、キョロキョロと辺りを見渡しながら写真を撮っている。


「お前、それ絶対SNSに上げるなよ? 深層課が先んじてダンジョンに入って回線の施設工事をしてるってことは世に公開してないんだからな」


「分かってますよぉ! こう見えてもネットリテラシーは高いんですから!」


「別に見た目で判断してねぇよ」


「あ……そ、そうですよね……すみません」


「けど、今だってテスト配信の公開範囲の設定間違ってないだろうな?」


「あははっ! そんな訳ない――あぁああああああああああああああああああああああああああ!?」


 隣から新の叫び声が聞こえた。こいつ、やらかしやがったな。


「おまっ……まさか……」


 グオオオオオオオオオ!


 新の大声に刺激されるように遠くからモンスターの雄たけびが聞こえた。


「新! とりあえず配信止めろ! 俺から離れるなよ!」


「はっ……はっ……はい!」


 新はスマートフォンがアツアツなのか、右手と左手でジャグリングをするようにワタワタとしている。


 モンスターの気配が一気に近づいてくるので、配信を止める件は後回しにして腰に帯びていた剣を構える。


 すぐに気配の主が現れた。真っ赤な毛並みのオオカミ。ただし頭は三つ。パッと見では名前が分からないので新種だろう。


「えっ……な、何ですかあれ!?」


「さぁな。本当はインフルエンサー様が第一発見者になって名前を付けるんだろうよ」


「と、とりあえずケルベロスみたいですね! わ、私は猫派なんですけど!」


 ダメだこいつ。パニックになって自分がめちゃくちゃな事を言っている事に気付いていない。


「グオオオオオ!」


 ケルベロスっぽいモンスターが威嚇をしてくるが怯むわけがない。


 一気に間合いを詰め、3つある首を右から順番に切り落とし、切り上げ、切り落としの順番で切っていく。


 ザシュ! ザシュ! ザシュ!


 3つの首が地面を転がり、頭を支えていた躯体はバタンと横向きに倒れた。


「えっ……つんよぉ……」


 新は地面にへたり込んで一段階低い声で呟く。


「大丈夫か?」


 俺が手を差し伸べると、新は両手で掴んで立ち上がる。


「ふぅ……腰抜けちゃいましたよ」


「ま、深層が初めてだとな。それよりテスト配信の設定、どうなってたんだ?」


「あ……な、何でもないですよ!」


「何でもないのにあんな大声出す奴がいるか?」


「う……公開範囲をパブリックにしちゃってました」


「配信に詳しくないおっさんの俺でもそれが全世界に公開する設定だって分かるぞ。もう止めたのか?」


「はい! 今止めました!」


 新は俺の目の前で配信停止のボタンを押す。つまり、今のこの瞬間までの映像、音声が全て全世界に公開されていたということ。


「おまっ……」


「す、すみません……配信者時代の血が騒いじゃって……」


「はぁ……今度からテスト配信は俺がやるからな。後、上に戻って何か言われても俺が指示したって言えよ。お前は俺の指示に従って嫌々、規則違反だって知りながらスマホを持ってたんだ」


「え? どういう事ですか?」


「俺は承認欲求の塊だからな。ダンジョンの未公開エリアを配信してバズって注目を浴びたかったんだよ。分かるな?」


「え? 介泉さんってそんな人でしたっけ?」


 こいつ、天然なのか?


「だー! 庇ってやるって言ってんだよ! いいな!?」


「えっ……あ……あぁ……」


 新はやっと理解したように首を縦に振る。


「分かりましたけど……声、大きくないですか?」


 やべっ。新たなケルベロスらしき気配がダンジョンの奥から近づいてくるのを感じるのだった。


 ◆


『配信終わった?』


『終わった』


『終わった』


『終わった』


『これヤバくね? アーカイブ残ってるうちに保存推奨』


『76階層のモンスターかっけぇ』


『猫派は草』


『あのおっさん何者なんだ? Sランクの探索者?』


『そうじゃないと76階層なんて無理だろ。でもパーティじゃなくて一人でモンスターを瞬殺ってSランクでも無理じゃね? 普通4人パーティで行くんだろ? 強いとかそういうレベルじゃないよな』


『とりあえず新種のケルベロスの名前決めようぜ! (=^・^=)』


『ネッコ』


『インフェルノ・ケルベロス』


『イッヌ』


『ださ』


『猫は草』


『殺伐としたコメント欄にイッヌ降臨! (=^・・^=)モー!』


『猫が牛なんだが』

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