第3話

 76階層での工事を終えて地上に戻った時には既に日が登っていた。


 朝日を全身に受け伸びをすると、同時に隣で新も伸びをした。


「ん-っ! 夜勤明けってなんかいいですねぇ。街が動き始める時間から自由時間。ワクワクしませんか!?」


「そのメンタルは大事だな」


 最近の若い奴は、なんて言いたくないが、こいつは図太い。


 世間一般には寝る時間に働かないといけない夜勤のストレスも、深層での体験も、やらかしも全部を忘れたかのように笑顔なのだから。


 近くにあるオフィスに戻るため二人で並んで歩き始める。


「課長はこれから帰るんですか?」


「あぁ。そろそろ娘が起きるんだよ。保育園に連れていく時間なんだ」


「そうなんですか!? 奥さんも夜勤なんですか?」


「そうだな。天から見守る仕事だよ。24時間365日休みなし」


「あ……すみません……」


 普段は鈍いくせにこういう時だけ鋭い奴だ。


「いいよ。もう何年も経ったから今更だよ」


「でも……それなら早く帰ってあげないとですね」


「そうだな。誰かさんのせいでオフィスに戻ったら部長にどやされそうだよ」


「あ……あはは……すみません……」


「良いんだよ。俺の承認欲求が爆発しちまったからな」


「それ、本当に部長は信じてくれますかね」


「ま、なんとかなるさ」


 俺は肩をすくめ、人の流れに逆らいながらオフィスへと向かった。


 ◆


「急にインフルエンサーに憧れて配信でバズりたくなった? えぇ……か、介泉君ってそんな人だったっけ……?」


 ダンジョン事業部の坂本さかもと部長に事の次第を報告して開口一番がこれ。驚くというか、急な承認欲求モンスターになった俺にドン引きしているようだ。


 初老に差し掛かり柔和な笑みが上手な坂本部長は眼鏡の奥から値踏みするように俺を見てくる。


「そうです。私が意図的に配信をしました」


「そりゃぁ、介泉君だって本当ならS級探索者って肩書でギルドに所属してチヤホヤされるって人生があったかもしれないけどさぁ……いきなりそんな豹変したら心配しちゃうんだけど。大丈夫? ストレスとかかかってない? 新卒の女の子のお世話、しんどい?」


「俺は望んでここにいるんで、別に後悔とかはないですよ。本当に、ただ、急に、発作的にバズりたくなったんです。それ以外に理由はありません」


「いやぁ……まぁそう言うならそれで上にも報告するから対外的にも良いけどさぁ……最近はインフルエンサーに憧れる人が増えててさ、採用が辛いから広報活動を強化するって話もあったんだよね。ほら、うちの会社って地味じゃん?」


「はぁ……」


「ま、要するに今回の件はお手柄とも言えるって事。いやぁ……意外と役員も発想が柔軟で助かるよねぇ」


「そ、そうですね……」


「あ、そろそろ娘さんが起きる時間? お疲れ様。早く帰ってあげてね」


「あ、はい。お疲れ様でした」


 意外となんとかなった。


 新に『許されたぞ』と送ったが既読はつかない。もう家に帰って寝ているんだろう。


 社畜達が死んだ顔で出勤する中、俺はその流れに逆らって自宅へと帰るのだった。


 ◆


 家に帰ると娘の保佳ほのかが椅子に座って足をぶらぶらさせながら食パンにかじりついていた。


「あ! パパ! お帰りなさい!」


「ただいま、保佳」


「お帰りなさい。たもつさん」


 実質泊まり込みで保佳の世話をしてくれている水森季夏みずもり きなつがエプロンを外しながら挨拶をしてきた。


 水森は引退した元ダンジョン探索者。Sランクの肩書きまであと1階層という49階層で無茶をしすぎて瀕死の大怪我を負い、そこで引退した。


 死にかけた水森を救助したのが俺だった縁で、今ではセカンドキャリアで目指している保育士の勉強も兼ねて娘の世話をお願いしている。


「ただいま、水森。いつもありがとな」


「ふふっ。良いんですよ。保佳ちゃん、『パパまだかなー?』ってずっと寝言で言ってましたよ」


「そ……そうか……悪いな、保佳」


「ううん! お仕事お疲れ様!」


「っし……パン食べたら保育園行くか?」


「うん! 保育園! 行く!」


 保佳はパンを咥えたまま荷物がある寝室へと駆け込んでいく。


「あいつ……」


「ふふっ。元気ですよねぇ。あ、そういえば大丈夫だったんですか? DNK、なんだかすごい騒ぎになってましたよ」


「え? そうなのか?」


 騒ぎになるだろうとは思っていたが、具体的な状況までは把握せずに帰ってきていた。


「はい。これ、見てくださいよ」


 水森が見せてきたのはダンジョン探索者の考察系動画配信者の投稿。本人はダンジョンに入らないのに、命がけでダンジョンに潜っている人をああでもないこうでもないと評価するいけすかないタイプの人だ。


『史上最強!? 76階層の新種モンスターを瞬殺したおっさんの正体とは!?』


 動画のリンク先は見なくても分かる。新がミスったテスト配信の映像だろう。


「俺がおっさん……ま、そうだよなぁ……」


「ふふっ。見た目はまだまだ若いですけどね」


「今年で40だから無理もないか。いいよなぁ、由佳ゆかは。もう一生美人な時の写真だろ?」


 俺は亡くなった妻の由佳の写真を見ながら呟く。


「保佳ちゃん、由佳さんに似てきました?」


「どうだろうな。眉毛がへの字なところは似てるかもな」


「ふふっ。そうなんですね」


「パパー! ほいくえーん!」


 着替えを済ませ、小さなリュックを背負った保佳が寝室から飛び出してきた。


「あ……じゃあ行ってくるわ」


「はい。行ってらっしゃい」


「いってきまーす!」


「ふふっ、またね。保佳ちゃん」


 今日も今日とて平和そのもの。保育園に送り終わったら家に戻って、水森の飯を食って寝て、1日休んで明日は日勤。よくこれで体内時計が馬鹿にならないもんだと自分で自分を褒めたくなる。


「ぱぱー。おてて!」


「はいよ」


 保佳の小さな手を握り、二人で由佳の遺影に「行ってきます」と行って家を出るのだった。


 ◆


『結局DNK公式チャンネルのやつはなんだったん?』


『まーなんか怪しいことしてるって会社なのは分かったわ』


『てか普通にブラックじゃね? 夜中に仕事してんの?』


『世の中には夜勤の仕事もあるんですよ。ああいう人が回線工事をしてくれるから配信者の人はいつでも安心してダンジョンで配信が出来ると』


『底辺乙wwww』


『いやDNKってマイナーだけどむしろエリート集団だから。Sランクの探索者がひいひい言いながら戦うようなモンスターがいるエリアで工事してるんでしょ? とんでもないことだよ』


『ぬるぽ』


『ガッ』


『おっさん沸いてきたなー』


『頑張れ! 中年の星!』

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