第29話

 Cブロックは最上と風神雷神の戸高・雷河のコンビが出場。戸高と雷河はここでも制服だ。まぁ下に着込んでいるんだろうが。


 あくまでここにいるのは売名。勝ち残ることとイメージ戦略を両立させたいということなんだろう。


 そういえば最上がまともに戦っているところを見るのはこれが初めてだ。Sランクと聞いてはいるので実力はあるのだろうけど。


 武器として持ち込んだのは一冊のノート。武器ではないので魔法系の人なんだろうと理解する。


『それでは……スタート!』


 一斉に牽制のために動き始めたが、最上だけは動かない。その場でノートを開き、うつむいている。


「あいつ……何してんだ?」


「黒歴史ノートですよ」


 新は全てを知っているような雰囲気で言う。


「何だよそれ……」


「この前ランチに行ったときに教えてくれたんです。最上先輩は闇属性の魔法が得意なんですって」


「あぁ……まぁ解釈は一致するな」


 最上の暗い雰囲気で光属性だとか言われたらギャップがありすぎる。その雰囲気がエンジニアとしては良いところもあるのだけど。


「魔法全般がそうらしいんですけど、特に闇属性は自分のメンタル状況に威力が左右されるらしいんです」


「じゃああいつ……自分を追い込むために過去の自分の黒歴史を書き連ねたノートを読んでるってことか?」


「そういうことでしょうね……」


「何だよそれ……」


 だが確かにノートを読み進める度に最上は「うわあぁっ!」と自分の黒歴史を思い出して恥ずかしがる人のような悲鳴をあげている。


 しばらくすると、黒煙のような色をした煙が最上の周りを漂い出した。


 一人がただならぬ雰囲気を感じ取って最上に攻撃を仕掛ける。


 だが、振りかぶった剣は最上の周りを漂っていた黒いモヤによって受け止められた。


「『闇の中 煌めく星 運命の糸 導いて。風に舞う 幻の花 心の奥 秘めた想い。世界は 幻想の中 私だけが 真実を知る』。ぐはっ……中学生の私……こんなポエムを……うおぉ……」


「あいつ……何を言ってるんだよ……」


 過去の恥ずかしいポエムを読み上げることで羞恥心を増し、それがメンタルに影響を与えて魔法が強化されるというロジックなんだろうが、あまりに不健康だ。


 最上はノートを地面に置くと両手で顔を覆い、黒いモヤを自分に向かってきた剣士に叩きつける。


 一撃で剣士は吹き飛び、壁に叩きつけられた。


 一方、主戦場では風神雷神コンビが活躍。鍔迫り合いをしている人達を横から魔法で攻撃し、自分を狙っている狙撃手には風のバリアで対応。


 攻守ともに隙を見せずに次々と撃破していく様を見ていると、本戦でも強敵になりそうだと思わされる。


 気づけば残ったのは最上、戸高、雷河の三人。いずれも魔法使いという布陣だ。


「クソがぁ……リア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろ……」


 最上は一昔前のネットミームを合言葉に化身となった黒いモヤを二人に向かわせる。


 当然二人もそれに応戦。最上の負のオーラが可視化されたものと風と雷という自然現象がぶつかり合う。


 戸高と雷河はビジネスカップルだからそこに愛はないので最上の嫉妬は的外れではあるのだが、それは知ったら出力が落ちてしまいそうなので何も言わないほうが良いんだろう。


「雷河!」


 拮抗している状況を打開するためなのか、最上をじっくりと観察していた戸高は雷河に向かって手を伸ばす。


 雷河もそれに答え二人は指を絡めて恋人繋ぎをした。


「こ、恋人繋ぎを……っぐぅ……」


 最上は二人の恋人繋ぎを見て何故かダメージを受けている様子。


「どこで食らってんだよ……」


「……あの二人は爽やかな淡い恋を連想させる。それが訪れなかった人には分かる」


 柚谷は最上の気持ちを理解しているように頷く。


「あいつらビジネスカップルだぞ。あれもキャラ作り、人気取りのためにやってるだけだからな」


「……やっぱり承認欲求の化け物」


「すげぇ掌返しだな!?」


 そんな事は知る由もない最上は二人の恋人繋ぎを見て悶絶。魔法の出力が下がったのかジリジリと黒いモヤが風と雷に押され始めた。


「リア充ばくはっ……ぐはっ!」


 最上は自分の精神を追い込むためなのか黒歴史ノートに再度手を伸ばす。


 それが仇となったようで隙をつかれてダイレクトに雷を食らってしまった。


 そのまま起き上がれずにダウン。


 最後に残った二人は雷河が「負けました」と宣言して戸高に1位を譲った。


「いやぁ……片思いは辛いよねぇ……雷河君、分かるよぉ……」


 新は野球観戦をしているおっさんのように感想を呟く。


「だからあいつらはビジネスカップルだって」


 1位通過をした喜びを滲ませながらビジネススマイルで会場中に手を振っている戸高。その戸高を見つめる雷河。いいとこ友達止まりって感じだろうか。


「鈍いですねぇ、介泉さん」


「そうなのか?」


「そりゃ双方向は無いかもしれないですけど、どちらかは本気で好きかもしれませんよ?」


「なんで分かるんだよ」


「だって目の前でカップルがいちゃついているところを見たら、最上さんならむしろ嫉妬で力が上がりそうじゃないですか? だから最上さんが負けたって事は、それよりも更に二人の力が上がったって事じゃないですか? ……正確には二人のどちらか、ですけど」


「なるほどなぁ……」


 となると雷河が戸高のことが気になっている、ということなんだろう。好きな子と手を繋いだらテンションが上がってしまうのも仕方ないか。


 由佳と初めて手を繋いだ時のことを思い出しながら雷河の気持ちに思いを巡らせる。


 当の戸高はキョロキロと観客席を見渡し、やがて俺達の方を見て動きを止め、手を口元に添えた。


「課長さーん! 私1位ですよー! 目隠しせずに見ててくれましたかー!?」


 戸高はこれまた青春映画のヒロインのように爽やかな笑顔で叫ぶ。


 俺は苦笑いをしながら両手で丸を作る。俺をいじって配信で目立ちたいんだろう。インフルエンサーも楽じゃないな、なんて思いながら次の試合を待つのだった。

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