第30話

 Eブロックは斯波さんの出番。ここは安心して見ていられそうだ。


 予選を終えた智山と最上も観客席に戻ってきた。最上は雷河にやられたせいでまだ静電気が取れないらしく、髪の毛はいつも以上のボリュームになっている。


 案外負けず嫌いのようで、一人で離れたところに座りノートに何かを書きなぐっている。次の作戦でも練っているんだろうからそっとしておいてあげよう。


「いやぁ……残っちゃいましたよ」


 智山は恥ずかしそうにそう言う。


「別に手段は問わないだろ。純粋な戦う力で測れるようなルールにしなかったダンジョン管理局の不手際だよ」


「あはは……グレーゾーンで生きるって気持ち悪いものですね……」


「ま……ってか今のところ全員残ってるのかよ……」


 本戦は24人。うちは2、3人が残れば良いほうだと思っていたがかなりの通過率だ。


「斯波さんって強いんですか? 顔が怖くて鉄の棒を振り回してる人ってイメージしかないんですけど」


 新が無邪気にそう言う。


「お前……顔が怖いって本人には絶対に言うなよ。強面なこと気にしてるんだからな」


「分かってますよぉ! ……あれ、棒ですか?」


 新は斯波さんが持っている3メートルはくだらない長い木の棒を見て首を傾げた。


「あぁ。あの人は鉄棒で戦うんだ。真ん中で分かれるようになってるから二本にしてもいいし、先っちょに現地調達した鉱石や骨をつけて槍みたいにすることもあるんだよ」


「へぇ……エンジニアって感じですねぇ……」


「そうだよな。実はな、俺が入社した時のインストラクターだったんだよ、斯波さん。めちゃくちゃしごかれたんだよな……」


 今でこそ中身は丸くなっただろうが昔は見た目と中身が一致した苛烈な人だったことを思い出す。


「いっ、意外ですね……」


 新が顔を引き攣らせる。


「ま、強さは俺が保証するよ。鬼軍曹だったからな」


「介泉さんがそこまで言うなんて……あ! 始まりましたね!」


 新はヒーローショーを見るかのように目を輝かせてワクワクをにじませながら闘技場を見つめる。


 開始の合図と同時に斯波さんは一番の激戦区になる闘技場の真ん中へ向かう。


 他の人も腕に自信があるようで我先にと真ん中でぶつかりに向かっていく。


 斯波さんはその中でも別格だった。


 棒術のアクション映画のように器用に両手でぐるぐると棒を振り回し、一瞬で中央を制圧した。


 この時点で残ったのは全部で6名。


 そこから斯波さんは残った人を順番に一人ずつ撃破。もはや誰が本選に行くかは斯波さんの気分次第。あっという間に最後の一人に残り斯波さんの1位通過が決定した。


「うはぁ……一人で全部やっつけちゃいましたよ……」


「これ……いいのか? Eブロックの他に有望な人が落ちてそうだよな……」


 素直な疑問を口にすると、前の席に座っていた智山が振り返ってきてにやりと笑う。


「そういうルールにしたダンジョン管理局の落ち度、ですよね?」


「ま、そりゃそうなんだが……」


 とはいえ本選の質が下がる事は望ましくないはず。


 まぁ俺が気にする事じゃないか。そもそも斯波さんの攻撃を受けきれない人がSSランク認定されるというのも変な話ではあるし。


 予選は最期のFブロックを残すのみ。俺は本選の準備のため立ち上がって伸びをする。


「そろそろ身体を温めてくるよ」


「クロワさんの予選は見ないんですか?」


「あいつなら大丈夫だよ」


 そもそもSSランクなんてものが考えられたのはクロワの事件がきっかけだ。


 であるならばクロワがSSランクのボーダーラインと考えてもいいはず。


 予選通過は確実だろうし、応援を欲してもいないだろう。


 そんな訳で俺はさっさと控室の方へと向かった。


 ◆


 腕立てや走り込みを始めて30分。身体がまた温まってきたところで、会場の方から「ズバァン!」と大きな音が聞こえた。


 そろそろFブロックの予選会が始まったところだろうか。誰かが派手に魔法をぶっ放したんだろう。


 にわかに周囲がざわつき始めたので、ウォーミングアップを切り上げて会場の方へと向かう。


「おい……あれ、死んでんじゃねぇのか?」


「いやいや……銃火器がメイン武器の人が使えるのは模擬弾だろ? 精々うっ血するくらいじゃないか?」


「配信止めろ! 全部だ! そっちも止めて!」


 会場へ向かう道中、どうにも怪しいざわめきが聞こえてきて胸がざわつく。


 最悪の事態、というものの具体イメージはない。


 それでも曖昧な『最悪の事態』を脳内に形作りながら会場を目に収める。


 円形闘技場の真ん中、一人はあおむけに倒れもう一人は関係者に取り押さえられている。


 倒れている方は貴族令嬢のような服装をした人。数人がかりで取り押さえられた人の脇には大きなライフルが落ちている。


 これが具体的な『最悪の事態』なんだと察する。


 クロワが胸を撃ち抜かれ、自身の血で会場を真っ赤に染めている。そんな姿を目にしてこれ以上の『最悪の事態』は無いだろうと思い知らされるのだった。

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