第31話

 クロワはヒーラーが待機している医務室へと運ばれていった。どうやら命に別状は無いようだが、会場は混乱一色という様相を呈している。


 何があったのか確認するため観客席に戻ると、柚谷が泣きじゃくる新を抱きしめて宥めているところだった。


「うえぇ……く、クロワさん……死なないでぇ……」


「……ちゃんと放送を聞いて。命に別状ないと言っている」


「ふぇぇん……死なないでぇ……」


 新はパニックになっているようだ。話を聞ける状況ではなさそうだ。代わりにオドオドしている智山に声をかける。


「智山、何があったんだ?」


「クロワさん、最初は調子が良かったんですよ。次々と倒していって、最後に残ったのがあの国友ギルドの女の子と二人で。だけど二人になった途端クロワさんは動かなくなったんです。そこを……」


「撃たれた? でも模擬弾なんだろ?」


 銃火器を使う人は実弾ではなく柔らかい模擬弾を使うように通達があったし、武器だって厳しいチェックがあるはずだ。


「いや、模擬弾じゃないですよ。実弾です。懐から取り出した拳銃で至近距離から数発。生きてるのが奇跡ですよ、本当……」


「なっ……」


 大浦がそんな事をしでかしたというのか。


 事前のボディーチェックをすり抜けるように実弾を込めた銃を持ち込み、それをクロワに放つ。確かに直接的な復讐の機会としてはまたとない場面だろう。


 それでも、自分の名誉や命をかけてまですることか、と思ってしまう。


 俺は踵を返し、もう一度観客席から控室の方へと向かう。


「……かちょー、どこに行くの? 結花が泣いてる」


 柚谷は新を慰めろと言いたげに俺を呼び止める。


「柚谷。そいつのこと、頼むわ」


 それよりも優先すべきことができた。俺は大股でクロワが運ばれていったであろう医務室へと向かった。


 ◆


 医務室でクロワの無事を確認。クロワはまだ意識を失ってはいるもののバイタルは安定しているし、凄腕のヒーラーによって傷もみるみるうちに治っているらしい。


 恐らくだが、彼女が特異な体質をしているんだろう。戦闘能力が異常に高い事とも関係しているのかもしれない。


 何にせよ、クロワの無事を確認できたところで、俺は大浦が確保されている控室に向かった。


 その入口では屈強な職員が仁王立ちしており物々しい雰囲気に包まれていた。


「大浦さんに話があります。入っても?」


 職員は俺を見て「目隠しかちょっ……」と言いかける。最早それが世間の共通認識になりかけているのか、と少しだけ落ち込む。


「えぇと……どういうご関係ですか? 取り調べがありますので……」


「友人です」


「……少しお待ち下さい」


 職員が一人、部屋の中へ入っていく。


 少ししてその職員が扉を開けて顔を覗かせ、俺に中に入るように合図してきた。


 案内に従って部屋に入ると職員が部屋の内側で扉の横に立った。監視付きで話をするならオーケーということのようだ。


 椅子に縛り付けられている大浦の前で床に座り込む。大浦はじっと俺の目を見てくる。虚ろで色もなく、お世辞にも生気があるとは言えない目だ。


「クロワ、生きてたぞ」


「そう……」


 大浦は悔しがるわけでもなく虚ろな目で答える。


 俺がそれ以上何も言わずに黙っていると、大浦は自分からぽつぽつと語り始めた。


「実弾はわざと。あいつの事は殺すつもりだった。お姉ちゃんの事、許せないから」


 大浦は声を震わせながらそう言う。


「そうだろうな」


 手段は間違っているが、そうなる気持ちは理解できるので否定する事は出来ない。だが、このままでは大浦は道を踏み外してしまう。というか既に片足が落ちてしまっている。


 おっさんのお節介なのかもしれないが、引っ張り上げてやりたいと思った。


「なぁ大浦、自分が愛してる人を殺すようなクズはいつまで恨まれればいいんだろうな」


 俺は保佳と話す時くらいに声を優しくして話しかける。


「そんなの……死ぬまでに決まってる」


 大浦は僅かに生気を取り戻し、毅然とした口調でそう言う。


「そうだよなぁ。俺の奥さんはな、自殺したんだよ。俺のせいで」


「……どういうこと?」


「育児鬱だってさ。俺は仕事ばかりして小さい娘の事を顧みなかった。さっきのロジックだと俺は自分を一生恨み続けないといけなくなるよな。愛する人を死なせたのは俺なんだから」


「じゃあそうすればいいじゃん」


「そうしてるよ。だから、たまにどうしようもなくなるんだ。死に場所を求めて深層に行ったりもする。死ぬような無茶もする。だけど本能で『生きてやらないといけない事がある』って思っちまって死ねないんだよな」


「何?」

 

「娘を育てないとな。ま、結局今もお手伝いさんを雇ってるけどさ」


「何? 私にも別の生き甲斐を探せって言いたいの?」


 大浦は俺にも敵意を向けるような顔で睨みつけてくる。


「そういう事。大浦が可哀そうだよ。あんな化け物みたいに強い奴を一生追い回すのか? 何歳になったらそれはやめられるんだ?」


 大浦は目先の復讐に向いていた視線を少し未来に向けるように瞬きを繰り返す。


 明日、明後日、明明後日とシミュレーションを続けた大浦はやがて結論にたどり着いたように瞬きをやめた。


 そして、俯いて「はぁ」とため息をつく。


「最後、私に勝てたのにあいつは動かなかった。多分だけど、あいつが『ごめんなさい』って言おうとした瞬間に私は撃った」


 自分がしたことを恥じて拗ねている幼子のように大浦は早口でそう言った。


 俺が何も言わずにいるとたまらずに大浦は顔を上げる。俺と目を合わせると照れ隠しをするように唇を尖らせた。


「何か言ってよ」


「気が済んだか?」


 大浦は何も答えずに俺の目を見てくる。俺の質問に「せいせいした」と答えられるくらいならここまで追い詰められてはいないんだろう。


 だが、少ししてスロー再生されている映像のように、大浦はゆっくりと首を縦に振った。


「まだ受け入れられないけど……多分その日が来ると思う」


 今日はこれが聞けただけで十分。これ以上は彼女を苦しめるだけだろう。


「そうだな。無理はしなくていいよ。俺は何年も前で大浦はほんの少し前だから感じ方も違うだろうし。ま、困ったらいつでも相談してくれ」


 俺は連絡先を伝えるため、作業服のポケットから名刺入れを取り出して自分の名刺を手渡す。


「ふーん……本当に課長なんだ」


「嘘つくメリットはないからな……それじゃ」


 俺はもう一度クロワの様子を見に行くために立ち上がる。


 ドアノブに手をかけたところで背後から「課長さん」と呼び止められた。


 振り向くと大浦は人差し指と親指をピンと伸ばし手で銃を模していた。


「また慰めてね、課長さん」


「はいよ」


 次に大浦と会うまで俺の『仇』が生きていれば良いのだが。そう思いながら俺は部屋を後にするのだった。

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