第24話

『ダンジョン深層における人類未到達領域対策本部』なるものの立ち上げからしばらくしたある日。


 いつものように保佳を保育園に送り届けて出社すると、オフィスが入居しているビルの受付に背中に大鎌を背負った女性を見つけた。


 金髪の後ろ姿からすると柚谷だろう。初日だからなのかパンツスタイルのスーツをピシッと着こなしている。


「……あの……でっ、ですから……今日から入社で……」


「申し訳ございません。入館申請が出ていないようで……」


 柚谷は必死に説明をしているが受付の人は首を横に振って答える。初日の受け入れは人事部の担当のはずだが、どうやら社内の入館手続きが出来ていないらしい。


 スマートフォンから社内システムを開き、柚谷の入館申請を出して彼女の方へと向かう。


「今、申請出しました。深層課の介泉名義です」


「あ……はい。確認できました。こちらをどうぞ」


 臨時の入館証を受け取り、柚谷とエレベータホールへと向かう。


「……ありがとう。かちょー」


 柚谷はモタモタしているところを見られて恥ずかしかったのか、顔を赤くし、俯き気味に呟く。


「大したことはしてないぞ」


「……それでも。ピンチの時は大体かちょーが登場する」


「っても2回目だろ……」


 エレベータが到着したベルが鳴る。


 二人でエレベータに乗り込み、DNKのオフィスがある27階のボタンを押すとエレベータは緩やかに上昇を始めた。


 無口は伝染するようで、柚谷と二人でカウントアップされる階数表示を無言で眺める。


「そういえば……うち私服でオーケーだからな」


「……朗報」


 会話はそれだけ。あっという間に27階に到着した。


 エレベータを降りて右手を指差す。


「受付と人事部はそっち」


「……承知した」


 続いて左手を指差す。


「深層課のオフィスはあっち。ま、後で迎えに行くから」


「……承知した」


 緊張しているのかトコトコと歩いていく柚谷の後ろ姿を親のような気持ちになり眺めるのだった。


 ◆


 柚谷と別れてオフィスに行くと空き机に座り、ハンバーガーを貪っている貴族令嬢がいた。


 どこからどう見てもクロワだ。


 なんでこいつがここにいるんだ……というか何故オフィスでハンバーガーを食べているんだ。


「お前……何してるんだよ……」


 クロワは大きな目でじっと俺を見る。


「部長殿に言われたのですわ。ここに来い、と」


「そうなのか? ハンバーガーはあっちで食えよ」


「これはハンバーガーではありません!」


「そうなのか?」


「ワッパーですわ」


 どっちでもいいよ。


「で……ここで何してるんだ? 部長に呼ばれたのか?」


「手に職をつけるためですわ。このままではバーガークイーンでセットを頼めなくなりそうで……」


 また部長は俺に面倒事を押し付ける気らしい。クロワを深層課で働かせるということなんだろう。


「なんだか賑やかですねぇ。女性が増えて私は嬉しいですよ! 皆でランチ行きましょうよぉ!」


 新はニコニコしながら最上とクロワに話しかける。


「いっ!? ら、ランチっすか……女子だけで……キラキラ社員じゃないっすか……」


 最上は顔を引き攣らせる。


「昼飯食ってるだけでキラキラすんなよ……」


「……かちょーも行く?」


「ん? 俺はやることが――って早えな!」


 後ろから呼ばれたので無意識に反応する。振り向くと紙袋をいくつも提げた柚谷が立っていた。


「……最低限のハンコだけ押して終わった。後は現場に聞けと」


「あー……そうなのか。じゃあ後でやるか。ランチの前に軽く自己紹介しとくか? ちゃんとした紹介はまた今度の定例でやるとして」


 オフィスにいるのは最上、智山、新とほか数人。


 トータルで20個も行かない目玉が柚谷を捉える。


「……あうっ……ゆ、柚谷天羽です……よろしくお願いいたします」


 柚谷はペコリと頭を下げる。人前はかなり苦手なタイプらしい。


「クロワ・ラルニュですわ。ダンジョンの深層よりやって参りましたのよ」


 全員が「なーに言ってんだ?」という顔をする。変に真剣に受け取られるよりはマシだろう。


「柚谷さん! クロワさん! 最上さん! ランチ女子会に行きますよ!」


「まだはえぇよ……」


 新しく入ってきた二人の人間関係構築はとりあえず新に任せておけば大丈夫だろう。


 急激に女性比率が高まり始めた深層課の島の隅に座り、自分の仕事に取り掛かるのだった。


 ◆


 ランチ女子会帰り、新が何やら弁当が入った袋を提げて俺の方へとやってきた。


「介泉さん、ご飯ってもう食べました?」


「まだだぞ」


「これ、どうですか?」


「なんだ、これ」


「牛丼です」


 袋の中の丸い器は3つもあって、1人分ではなさそうに見える。


「お前、まだ食うのかよ……」


「違いますよぉ! 最近、公式チャンネルの更新できてないじゃないですか。たまにはショート動画でもどうかなって」


「ショート動画ぁ?」


「はい! 目隠しをして利き牛丼をするんです!」


 いやもう「それをネットワークを管理してる会社の課長がやって何が面白いんだ?」とは聞かないでおこう。


 元インフルエンサーのアイディアに身を委ね、机の引き出しからアイマスクを取り出して会議室へと向かうのだった。

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