第23話

 役人らしき人は『背景』と銘打たれた資料を投影する。


「さて……まずは『ダンジョン深層における人類未到達領域対策本部』発足の背景についてご説明します。昨日、渋谷ダンジョンの61層にてSランク探索者四人がモンスターに敗北、惨殺されるという事故が発生しました」


 クロワの件のようだが、彼女の存在自体は事は伏せているようだ。大方、誰かが討伐したということにして隠すんだろう。


「いわゆる深層と言われる区分の階層においては、攻略難易度が線形な上がり方ではなく指数関数的だと良く言われていることは皆さんもご存知かと思います。故に従来のSランクというランクだけでは十分にダンジョンの階層にあった実力を評価できず、今回のような事故に繋がったと考えられます」


「ま……そうだよなぁ……」


 俺は周りに聞こえないようにボソリと呟く。そもそも四人での探索を『推奨』という中途半端なルールが今回の件を引き起こしたとも言えるわけだし。実力が伴わなくてもどうにかすれば深層の奥深くにまで入ることができてしまっていた事が問題の一端でもある。


「つきまして『ダンジョン深層における人類未到達領域対策本部』は、今後のダンジョン深層部の攻略難易度上昇も踏まえ、新しいランク体系の基準を検討並びに認定を行うこと、また、深層部未到達領域の主体的な攻略の推進を活動目的として発足します」


「うーん……要はSランクの上を作るって言うのと、強い人を集めてダンジョン未到達領域の難易度を調査するってことですか?」


 新は首を傾げながら役人の難解な言い回しを自分なりに翻訳している。


「そういうことだな」


「なるほどなるほどぉ……」


 俺達が雑談をしている間に話題は次へと進んでいた。


「『ダンジョン深層における人類未到達領域対策本部』の主幹はダンジョン管理局と本日ご出席の企業様方となります。5大ギルドと言われる四菱、五井、後藤忠、国友、角紅。いずれもご出席の方々は精鋭部隊と聞いております。それとダンジョン内のネットワーク敷設を担当されているダンジョンネットワーク株式会社。以上の6社が主幹企業となります」


 5大ギルドはただでさえ縄張り争いのために現場では仲が悪いのにこんな取り組みがうまくいくんだろうか、と疑問に思うが偉い人たちはそんな事は知ったこっちゃないんだろう。


「補足として、中心となる事務局はダンジョンネットワーク株式会社にてご担当頂く予定です」


 前で話している人はチラッと俺達の方へと視線を向けた。


「えぇ……なんでうちが? ただダンジョンのネットワークを管理してるだけの会社ですよね?」


 新は存外に大きな声でそう言う。本人は悪気は無いんだろうけど、彼女のよく通る声は恐らく会場中に響いてしまった。その証拠に前にいる役人らしき人がバツが悪そうに顔を歪めた。


 俺は新の失言をカバーするために立ち上がる。


「あぁ……すみません。こいつは新人でして。事務局の件は受けるように上司から聞いていますので大丈夫ですよ」


 後で坂本部長に押し付けてやろうと心に決めて作り笑顔のまま椅子に座り直す。


 周囲に聞こえないよう新にスマートフォンのチャットでメッセージを送る。


『アホか、お前。5大ギルドで何処かの頭が抜けてると面倒なんだよ。そこを並列にするためにうちが入ってるまであるからな。上の人等で話が付いてるんだろうから余計なことは言わなくていいんだぞ』


 新はすぐにメッセージに気づいてカタカタと返信を打ち込み始めた。


『そんなの分かってますよーだ。でも絶対に部長からは深層課に押し付けられますよね? で、介泉さんは部下の誰かに押し付ける、と。そうなったら絶対私ですよね!? 面倒じゃないですか〜(TдT)』


 俺は隣に座っている新の方を向いてニヤリと笑う。さすがに新人には荷が重い話なのでそんなつもりは毛頭ないのだけど、本人がその気なら少しだけ脅かしておいても良いだろう。


「早速やる気じゃねぇか」


 新は顔を真っ赤にして立ち上がる。


「ちっ、違いますよ! あ……す、すみません……」


 会議の進行を妨げてしまった新はしょんぼりとして俯く。


「で……では次です。Sランクの上のランクの設置について。仮にSSランクと呼称しますが、これの基準についてです。例えば深層を推奨の四人ではなく一人で攻略出来た者……のように現在の推奨ラインの基準を再検討することを考えています。他には……目隠しをして、というのも良いですね」


 役人はニヤリと笑って俺の方を見てくる。それに釣られて他の参加者も俺に視線を送る。どうやら変態目隠し課長だとバレているようだ。


 適当に愛想笑いをしていなすとすぐに本題に戻った。


「最初は試験的にダンジョン管理局から10名程度を認定する予定です。恐らくほとんどの候補はここにいる方かと思いますが、各社の中でも腕利きの方から選抜させていただければと思います」


 ここでもまた役人は俺の方を見てくる。社内制度でSSランク認定が設置されたことも共有されているんだろう。


「腕利きなぁ……」


 深層をソロで攻略できるような人に深層課では心当たりはない。さすがに最上もそこまでの実力ではないだろうし。


 いや、一人いるな。そう言えばそろそろ入社だったし、頭数には入れてもいいかもしれない。


 そんな事を考えていると粛々と質疑応答が進み、会議は終了。


 全員が一斉に立ち上がり、静まっていた会議室に活気が戻る。


 何故か、立ち上がった人のほとんどは俺達の方へと向かってきた。


「あの! 目隠し課長さんですよね!?」


「隣の人はまさかヤマダさんですか!? 俺、ファンなんですよ!」


「意外とおじさんなんですねー。アラフォーですか?」


「サインもらってもいいですか!? あ、名刺もついでに!」


「写真お願いします! 写真!」


 何故か唐突に始まった名刺交換という名のファンミーティング。新と目を見合わせ一刻も早く終わってくれと思いながら、一介のファンボーイ、ファンガールと化した腕利きの探索者に囲まれて対応をするのだった。

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