第22話
「動くな!」
十人近くの武装をした集団が部屋に突撃してくる。ダンジョンを管理する政府機関の関係者だろう。俺達が本気で戦っても無事では済まないくらいの精鋭部隊だ。
抵抗する意思はないため武器を床に捨てて両手を挙げる。クロワも一拍おいて俺に習って同じ動作をした。
「ダンジョンネットワーク株式会社の介泉です。救助要請はありませんでしたが、配信で状況を確認し危険と判断したため救助として来ました。まぁ……結果はご覧の通りですが」
「その隣りにいる女性は?」
リーダーらしき人が尋ねてくる。
「彼女はダンジョン探索者です。この四人に襲われたため自己の安全を確保するためにやむを得ず戦闘となったそうです」
「本当ですか?」
「本当ですわ」
クロワも落ち着いた声で答える。
「それと……彼女は深層の奥からやってきたそうです」
「なっ……ど、どういうことですか!?」
「私にも詳しいことは……本人がそう言っていますので」
「……お二人共、ご同行願えますか?」
リーダーらしき人は手錠をチラつかせながらそう言う。
クロワを一人で放り出すのは忍びない。俺も神妙な顔でうなずき、渋々ながら手錠をつけさせるために両手を差し出すのだった。
◆
「いやぁ……今日ばかりは天下り様々だったねぇ」
坂本部長は警視庁の建物をバックにいつものような柔和な笑みを見せながらそう言った。
俺とクロワは警視庁の本部と同居しているダンジョン管理局に連行され事情聴取を受けた。
クロワがどこまで喋ったのかは別室にいた俺が知る由もないが、数時間の尋問を経て解放された。坂本部長が言うように、すぐに解放されたのはDNKの取締役に天下りをしてきた元官僚とのパイプが役立ったんだろうとは思う。
「部長、ありがとうございました」
「うんうん。いいんだよぉ。それより……その子、どうするの?」
坂本部長は俺の斜め後ろを付き従うように歩くクロワに目を向けた。
クロワは逃亡の恐れはなしということで監禁されるところまではいかなかったようだ。これも偉い人たちのやんごとない話し合いによって決まったらしいが。
まぁ、DNKに処理を押し付けられた、という見方も出来る気もしてきたぞ。そしてDNKの内部で誰に押し付けるかと言えば、俺以外に適役はいないだろう。
「とりあえずダンジョンに帰るか? 住めそうなところを探そうぜ」
「そこには御主人も住まわれるのですか?」
「御主人って……俺のことか?」
「はい」
「俺は家があるからな……それに――」
「ではそこに住みます!」
クロワは目を輝かせながら手を合わせる。
「無理言うなって! 小さい娘がいるんだぞ!? ダンジョンに帰れって!」
「お世話は任せてください! お手玉は得意ですのよ?」
生首お手玉を思い出して、こいつだけは保佳に近づけてなるものかと思う。
「うーん……でもまた探索者とトラブルになったら面倒じゃない? 今日の件はうまいこと揉み消してくれるみたいだけど、毎回そういうわけにも行かないしなぁ……」
坂本部長は遠回しに俺に連れて帰れと言いたげだ。
「ならホテルでも取りますよ。経費で」
「まぁ……仕方ないよねぇ」
「ごっ……御主人! 私を一人にされるのですか!?」
クロワは目に涙を浮かべて懇願してくる。
「せめて数日は大人しく出来るって実績を作ってくれよ! おっかな過ぎるだろうが!」
「……分かりました。ではその前にバーガークイーンへ寄っても?」
「はいはい。それくらいならいいぞ」
俺はスマートフォンを取り出し、近くのホテルとバーガークイーンを探すのだった。
◆
翌日、出社する直前に会社携帯に着信があった。連絡元は坂本部長だ。
「はい。介泉です」
「あぁ。介泉君。朝早くにごめんね。もう家って出た?」
「いえ……これからですが」
「じゃあ今日はオフィスじゃなくて、ダンジョン管理局の事務所に行ってくれるかな? 新さんも連れて」
「何で……とは聞かないでおきますよ。嫌な予感しかしませんけど」
「あはは……すまないねぇ。昨日の今日で早速国が動いたみたいなんだ。サウンディングに呼ばれたんだけど実務担当の方が良いだろうからさ」
「はぁ……分かりましたよ」
クロワの件を受けて何かしらの対策を打つんだろう。面倒なことに巻き込まれてばかりだが、これも仕事。棚に飾っている保佳と由佳の写真に「行ってきます」と告げて家を出るのだった。
◆
「うーん……意外と普通ですねぇ……これならVlog用のカメラも持ち込んで良いじゃないですか……」
警視庁の中の来客ゾーンは何の変哲もないオフィスと変わらない。だが、新が次の企画として考えていたVlog撮影用のカメラは入口で没収。それにブーブーと文句を垂れながら会議室に人が集まるのを待つ。
100人は入りそうな大会議室で、すべての席に名札が置かれている。所属が書かれていないためどんな人が集まるのかは不明だが、これまた堅苦しい会になりそうだ。
会議後の名刺交換会に備え、名刺を補充していると新が隣で「ぎゃっ!」と声を上げた。
「どうしたんだ?」
「あ……あれ……四菱のエースパーティですよ! で、その隣は後藤忠で最強って言われてる氷の魔法使い。国友ギルドのスナイパーもいますよ! やっば! うわぁ……」
新はオタク特有の早口でまくしたてる。
「じゃあなんだ。5大ギルドのエースが集まってんのか?」
「そうなりますね」
「詳しいんだな。さすがインフルエンサーだ」
「元ですから!」
「今もインフルエンサーみたいなもんだろ」
「それはそうですけどぉ……うわぁ……なんかすっごい場違い感がありますよぉ……」
新と雑談をしていると、スーツを着た女性が前に出てきてマイクを持った。
「えー……お揃いですかね。時間になりましたので始めましょう。本日はお忙しいところお集まり頂き、また、『ダンジョン深層における人類未到達領域対策本部』の立ち上げにご協力頂きありがとうございます」
これはめちゃくちゃ面倒くさそうな会議だな!? 坂本部長に「何がサウンディングですか」と恨みを込めたメールを送信して配布された資料を読み込み始めるのだった。
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