第21話
クロワと打ち合いを続けること30合ほど。全く隙を見せないため膠着した状態が続いている。
「お強いのですわね」
クロワは距離を取るとニヤリと笑ってそう言う。
「お前もな。一体何者なんだ?」
「答える必要はありませんわ」
そう言うとクロワは指揮者のように数回腕を振る。それに呼応するように首のない死体が起き上がり、ゾンビのようにぎこちなく動き出した。
「なっ……」
「5対1ですわね!」
クロワとの力は拮抗しているので、手数を増やされると厄介だ。少しだけ身体のギアを強めに入れる。
元探索者の死体に「すまない」と呟いて近づき、足の腱を斬りつける。
ザシュザシュザシュザシュ、と続けて切っていくと、上半身だけが動くゾンビが出来上がった。
勢いを殺さないまま左手でクロワの首を掴み、壁まで押し込む。
「くっ……先程とまるで違う……手を抜いていたのですか!?」
クロワは敵である俺に非難めいた目を向ける。
「奥の手は何枚も用意しとくもんだろ? まだ何かあるか?」
「何も……何もありませんわ……私なんてどうせ……」
急にメンヘラのようなことを言い始める。とりあえず抵抗する意思はないようなので手を離し、距離を取る。
俺が握っていた首元はうっ血していたがすぐに色が戻っていく。人間の回復力ではない事は明らか。
壁に沿ってズルズルと崩れ落ちたクロワは俯いたまま両手を俺に向けて伸ばしてきた。
「負けましたわ。家出したとはいえラルニュ家のしきたりです。負けた者は勝った者の奴隷となる。さぁ! 煮るなり焼くなり性奴隷とするなりお好きになさい!」
「……はぁ!?」
「ですから! 煮るなり焼くなりせいど――」
俺は慌てて動きっぱなしになっていた配信用ドローンに近づき電源を落とす。
最上に映像のモザイクだけじゃなく怪しい言葉についてもピー音を入れるよう改善してもらっておけばよかった、とむしろ最上が作った機能をポジティブに捉えてしまう。
「まぁその……なんだ。ラルニャ家っていうところから説明してくれよ」
「ラルニュですわ! 誇り高い家名を間違える事は許しません!」
「あぁ、悪かったよ。それでラルニュ家っていうのは何だ。昔からここに住んでるのか?」
「えぇ。かれこれ1000年ほどになりますか……先祖は欧州貴族。彼の地にて迫害を受けた一家がダンジョンに逃げ込んだことに始まります」
ダンジョンに人が住んでいるなんて聞いた事がないぞ。しかも出身がヨーロッパなのに何で渋谷ダンジョンに……
「なんで渋谷に住んでんだよ……」
「ダンジョンは最奥地で世界と繋がっているのです。故に最奥地を経由してここにやってきた、と」
「最奥……何階層くらいあるんだ?」
「それは申し上げられません」
「なんでだよ! 奴隷なんだろ!?」
「奴隷にも矜持はございます。もしや何でも言うことを聞く便利な道具と勘違いされておりませんか?」
「すまん。勘違いしてた」
「間違いを認められることは素晴らしいです」
クロワは上品に微笑む。さっきまで命の取り合いをしていたとは思えないほどに緩んだ空気だ。
それでも、部屋の隅に転がった生首や死体がここであった血なまぐさい事実を思い起こさせる。
「こいつらは……なんで殺したんだ?」
「一人で暮らしていたらパーティが敵意むき出してやってきたのです。人を化け物呼ばわりした挙句剣を向けてきたため戦って勝っただけです」
「まぁ……そうだよなぁ」
クロワのプライドの高さや口振りからしてそう言うとは思った。だが、問題はこれが全世界に発信されてしまっている事だ。
「多分ダンジョンを管理してる政府機関の人が来るはずだ。こいつらとは比べ物にならないくらい強い人だよ」
「それは……私はどうなるのですか?」
「わからん。討伐されるんじゃないか? 人を殺したんだし」
「しっ、死にたくは有りません! 奴隷の主人も連帯責任では!?」
「いつ俺が主人になったんだよ!」
とはいえ、こいつには聞いてみたい事が山ほどある。単なる知的好奇心を満たす目的だけでもクロワを死なせるのは勿体ないと思えてくる。
「はぁ……助けてやるよ。絶対に大人しくしてろよ?」
「具体的には?」
こいつ、助けてもらうくせにやけに偉そうだな。
「コスプレ好きな痛い女ってことにする。四人の方から襲ってきたから正当防衛だ。ダンジョン内での諍いについては免責になる前例もあるから問題ない。むしろ、深層の奥になにがあるのかを皆知りたがるはずだ。それを話せば誰もお前を殺そうとはしないはずだよ。むしろ大事に守られる」
「ふむ……そのような騒ぎになるのであればもうバーガークイーンには行けませんわね」
「バーガークイーンってあれだろ? ハンバーガーチェーンの……ってなんでそんな事知ってるんだよ……」
「ダンジョンに住んでいると言いましたが地上に出ていないとは言っておりませんもの」
「ならやってきた探索者を殺さずに……いや、もういいわ……」
一般常識があるのかないのか微妙な所だが、全くないわけではなさそうだ。
そうこうしていると背後の通路でドタバタと大量の人の足音がし始めた。早速討伐隊がやってきたらしい。
クロワもそれを察したのか少しだけ身構える。
「そうだ。クロワ、二人で話せるのは最期だろうから教えてくれ。さっきの死体を動かしたやつ。死んだ人を生き返らせられるのか?」
クロワはじっと俺の目を見て考えを巡らせた後に首を横に振った。
「無理ですわ。ただ死体に電気信号を流して動かしているだけ。人形と同じです。そこに意思はありません」
「ま、そうだよな」
そんな上手い話があるわけないか。
少しだけ残念に思いながら、俺とクロワは慌ててやって来る討伐隊を出迎えるのだった。
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