第20話
二度の配信で疲れ果ててオフィスに戻ると、最上が自分の机でキーボードを分解しているところを発見。
うちは全員ノートパソコンを支給しているので、わざわざ外付けキーボードを使っている時点で相当にこだわりが強いみたいだ。
一つ一つのキーキャップを丁寧に磨いているので、案外神経質な方なんだろうか。いや、案外でもないか。
「おう。お疲れ。掃除か?」
「あ、目隠しをして涎を垂らしモザイクがかかった顔を全世界に発信した目隠し変態モザイク課長さん。お疲れ様です」
「なんか増えてるぞ……」
「いやぁ……ユニコーンが懐くって事は新さんは生娘でしたか……グフフフ……」
最上はニヤニヤしながらそう言う。
「お前が言うとキモさが増すよな」
「あぁ! キモイなんて言葉は女性の部下に向ける言葉じゃないっすよ!」
「生娘なんて言葉、オフィスで発するもんでもないけどな」
「むぅ……しかし課長には感謝して頂きたいっすね。折角モザイクをかけてあげたのに」
「モザイクを……あっ、あれお前がやってたのか!?」
「はい。通信経路上にサーバを噛ませてそこでセンシティブな映像かどうかをAIで判断させるんです。で、ヤバい映像にはモザイク処理をしてから配信サイトに流すように、ちょこっとだけ変更したんですよ」
「ちょこっとじゃないけどな……」
腕はいいんだろうけど勝手にそんな事をしていたとは。
「まぁまぁ。最近バズ目当てで過激な事をやる配信者が増えてるらしいじゃないですか。ダンジョンの通信網を担う会社としてはこれくらいやらないと――」
「さっさと元に戻しておけよ。うちはただネットワークを管理してるだけ。そんな事やってるってバレたらそれこそ大炎上だぞ」
語気を強めると最上は飄々とした態度で肩をすくめ、ノートパソコンからキーボードに接続するためのケーブルを引き抜いて作業を始めた。
「結構いい線行ってたんで最後に一回見ときませんか?」
「はいはい。見せてみろよ」
とりあえずおだてておけば早急に戻してくれるだろう。
最上は気をよくしてブラウザを立ち上げる。
「今回も結構な視聴者が……ん? なんだこれ……」
最上はDNK公式チャンネルのアーカイブではなく、トップ画面におすすめされていた配信を開く。
視聴者数は30万人。とんでもない人数を集めている配信なのでつい手が動くのは分からんでもない。
「何の配信だ?」
「えぇと……渋谷ダンジョンの61階層ボス部屋攻略みたいです」
「おぉ。明日は62階層の回線工事依頼が来るんじゃないか?」
「だと良いっすけど……ひゃっ!」
配信画面をロードした瞬間、動画の再生画面全体にブラクラのように赤が広がる。
すぐに血だと分かったし、遠くに見える球状のものにモザイクがかかっている理由も何となく想像が出来た。
「これ……人の首か?」
「私の自動モザイク機能、上手く動作していますね……じゃなくて! 課長、これ!」
「やばいな……」
怪我をすることはあっても命を落とすまで無理をするような配信はこれまでに見た事がない。
実力の伴わない人がバズ目当てで無茶をしたのかもしれないが、一刻も早く救助、もとい回収に向かわなければ。
「最上! さっきの機能、バレないうちに外しとけよ! この配信が打ち切られたらでいいからな!」
「は……はいっす!」
緊急事態であることを察したのか最上は屁理屈を言わずに頷く。
俺は慌てて渋谷ダンジョンの入口へと向かうのだった。
◆
渋谷ダンジョンの61階層の最奥部。回線工事の時もここまでは来た事が無かった。
ボス部屋はまるでヨーロッパ貴族の令嬢が住んでいそうな調度品に囲まれた一室になっている。
その真ん中の絨毯に首のない死体が4つ転がっていた。
そして、ベッドに腰掛けて足を組み、4つの首をお手玉のようにして遊んでいる『何か』。
見た目は明らかに人。悪役令嬢ものから飛び出してきたかのようなドレスに身を包んでいてともすればコスプレイヤーとも見間違えそうな見た目をしている。
恐らく人型のモンスターなんだろう。
「おい。ここのボスか?」
俺が話しかけると生首をぼとぼとと落とし、そいつは真っ赤な目を俺に向けた。肌は病的なまでに真っ白でヴァンパイアにも見えてくる。
「ボス……? 一体何のことでしょうか?
何だこいつは。貴族のような言葉遣いに箱入り娘のような雰囲気でまるで危険を感じさせない。
だがこの部屋では争った形跡がほとんどない。つまり、彼女がSランクの探索者4人を瞬殺しているという事だ。
「居を構えたって……元々はどこにいたんだよ?」
クロワは無言で長い爪が生えた人差し指を下に向ける。高等な自我を持っているモンスターが深層の更に奥地からやってきたという事なんだろう。
「家出をしてきたのですわ。もうよろしくて?」
「いやまぁ……ただこのままだとまた同じような奴らが来るぞ。悪い事は言わないから地下に戻ってくれないか?」
俺がそう言った瞬間、ベッドからクロワが消える。
そして、次の瞬間には俺の目の前にやってきていた。目で追えない程の速さ。
それでも本能だけで反応して剣を構えることが出来、クロワの一撃を剣で受け止める。
「ぐっ……」
「あらぁ。受け止められましたのね。先程の方々とは違うようで」
61階層のボスは明らかにこれまでと違う。目隠し無しで本気を出す機会にしばらく恵まれなかったので、久々に身体中のギアを上げていくのだった。
◆
DNK深層課のオフィスでは最上がパソコンの前で頬杖をついていた。
「うーん……配信止まらないっすねぇ……お! 課長~! 頑張ってくださーい!」
「最上さん、何してるんですか?」
更衣室で作業服からスーツへ着替え終わった新が最上に話しかけた。
「渋谷ダンジョンの61階層のボス、やべぇやつみたいですよ。人の首がちょんぱです」
「ひっ……え、そ、そこに介泉さん、一人でいっちゃったんですか!?」
「行っちゃいましたねぇ……」
二人はどうする事も出来ず配信の画面と物凄い勢いで流れていくコメントを眺めるのみ。
『こいつヤバすぎない?』
『ガチで事故ってるじゃん。Sランク4人パーティが瞬殺って……』
『課長来た!?』
『あの作業服は絶対課長だわwwww』
『いや、草生やしてる場合じゃなくね?』
『相変わらずモザイクかかってて草』
『むしろちょうどいいよ。死体見ずに済むから』
『っていうか課長が負けたら他のこのボスを倒せる人いなくね?』
『課長! 本気を見せてみろ!』
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