第25話

 目隠しをすると会議室の牛丼の匂いが立ち込める。どうやら俺は本当に会社で目隠しをして利き牛丼をさせられるらしい。


「じゃ、撮影始めまーす……課長! 利き牛丼です!」


「利き牛丼?」


「はい! 今から一口だけ牛丼を食べてもらいます。すこ家、吉松家、梅家の牛丼がありますので、食べ比べてみて最初に食べたものがどこのものか当ててください」


「なるほどな」


「自信ありますか?」


「あるぞ。俺は美食家だからな」


「おぉ! さくっと当てちゃってくださいね!」


「なんかご褒美とかあるのか?」


「賞品はありませんけど、罰ゲームはあります」


「デメリットしかねぇな!」


「冗談ですよ。じゃ、早速あーんしてください」


 いや、これはいいのか? 動画配信の仕事とは言え、一回り以上年下の女性に食べさせてもらう絵面はどうなんだ。セクハラ、パワハラ、そんな言葉が頭をよぎる。


 それと、目隠しをしているが俺がだらしなく牛丼を食べさせられている様子を、ガラスの壁越しにスマートフォンのカメラに収めようとしている人がいる気がしてならない。


「い……いや、大丈夫。自分で食べるよ」


「えー!? 見えないじゃないですかー! そんな照れないでくださいよー! カットしますから!」


「……誰かいるよな。最上か?」


「わっ……な、なんで分かるんですか!?」


 新が驚きの声を上げる。どうやら会議室の外から撮影しようとしていた不届き者は最上だったようだ。


「そら目隠しして深層に行ってるからな。気配だよ、気配」


「では牛丼も張り切っていってみましょー!」


 隙をみて新が俺の口にスプーンをねじ込んでた。


 甘く煮込まれた牛バラ肉に大きめにカットされた玉ねぎ。ジュワッと広がる汁の醤油の匂いが広がっていく。


「うーん……うまいな……」


 独り身の時は会社帰りに牛丼屋をローテーションしていたことを思い出してつい懐かしくなる。


「じゃあ今の味を覚えててくださいね。今から順番に食べてどれだったか当ててください」


「はいよ」


 一度口を水でゆすいでもう一度牛丼を一口食べる。


 うまい。少し肉が硬いが誤差の範疇だろう。


「2つ目です」


 2つ目もうまい。少しふわふわして甘い。肉も歯ごたえがあるけれど誤差の範疇だろう。


「うまいな」


「ぶふっ……み、3つ目です」


 何故か新は笑いをこらえている。


 3つ目もうまい。甘く煮込まれた牛バラ肉に大きめにカットされた玉ねぎ。ジュワッと広がる汁の醤油の匂いが広がっていく。


 最初に食べたやつに近いけれど、少し醤油が濃い気がする。


「さて! どれでしょうか!」


「うーん……2つ目じゃないか?」


「ぶっ……二つ目!? 牛丼ですか?」


「牛丼ですか? って全部牛丼だろ……」


「いっ……やぁ……そうですけど……」


「じゃあ1つ目か?」


「どれだと思います?」


「最後のは似てたけどちょっと違ったんだよな。やっぱ2つ目だろ」


「じゃあ目隠しを取ってください!」


 新の合図で目隠しを取る。そこに並んでいたのは、豚丼、親子丼、牛丼の3つだった。


「……ん!?」


「課長、2つ目は親子丼です」


「いや……ウソだろ!?」


「私も嘘だと思いたいですよ……課長がこんなに味音痴だったなんて……」


「もう一回! もう一回やるぞ!」


 結局、3種の丼ぶりが空になるまで繰り返したが、一度も当たることはなかったのだった。


 ◆


 夕方、広めの会議室に行くと20人くらいの人が集まっていた。


 深層課の定例会で、今日は事務連絡に加えて新しく入ってきたクロワと柚谷の紹介をする。


「じゃ、定例会始めるぞ。今日から二人、新しい人が増えたから自己紹介をしてくれるか? 柚谷から」


 隅っこで新や最上と固まって座っていた柚谷が立ち上がる。


「……柚谷です。よろしくお願いします」


 柚谷は物静かな口調でそう言ってペコリと頭を下げる。男性陣が色めき立っているけれどそれは無視。


「クロワ・ラルニュですわ。よろしくお願いいたしますわ」


 クロワが挨拶をするとこれまた男性陣が色めき立つ。


 新が新卒入社で配属されたときもかなりの盛り上がり具合だったが、今回はそれ以上。


「はい。二人共よろしくな。二人共ネットワークの知識は勉強中だけど、ダンジョン探索の腕前はSランク。柚谷はソロで深層を攻略できるくらいの腕前だ。皆、得意なところと不慣れなところで補い合ってくれ」


 二人の紹介を終えて次の話題へ移る。


「次だけど……最近5大ギルドとうちがダンジョン管理局に協力する形で事務局が出来たんだ。要は高難易度化する深層の奥地に対応できる人材を定義するための活動だな。Sランクの上にSSランクってのを作るらしい」


「SSランクですか」


 前の方に座っていた智山が呟く。


「で、SSランク認定の試験運用のために、最初は事務局の参加企業から候補を出すことになったらしい。うちは深層課で対応してくれってことだ。急だけど今週中に候補のリストを送らないといけないから、Sランクで我こそはって人は言ってくれ」


「では……私もよろしいですかな?」


 手を上げたのは顔に深いシワが刻まれたベテラン社員の斯波楼穂しば ろうほ


 御年55歳にして現場で第一線を張るSランクの凄腕探索者かつ凄腕エンジニアだ。深層課は2チーム体制でやっていて、斯波さんに片方のチームリーダーをやってもらっている頼れるベテラン。


 スキンヘッドと目付きが悪いこと、職人気質なところもあり若い人からは若干恐れられているが、本人はいたってフランクな性格をしているので世代間の交流の難しさを感じているところだ。


「構いませんよ。多分5大ギルドから2人ずつ。うちからは1人が認定されると思うので数人が立候補しておけば大丈夫です」


「そうしたら介泉さんが認定されるんでしょうな」


 斯波さんは「ハハハ」と豪快に笑いながらそう言う。


「俺は付き合いで出るだけですから……」


「……私も」


「私もでますわ」


「じゃあ私も出るっす」


 柚谷、クロワ、最上の3人も手を挙げる。Sランクなので条件は満たしているし大丈夫だろう。


「えっ……じゃあ私も!」


「新はまずSランクに上がるところからだな」


「むぅ……じゃあ特訓してくださいよぉ。今週中にあげてみせますから!」


「今週って今日はもう水曜だぞ……後2日でSランク認定取れんのか?」


「任せてください!」


「じゃあ……智山もやるか? もうちょっとでSランクいけるだろ?」


 Sランクの認定はダンジョン管理局管掌の試験を受けて合格すればよい。合格するには下層と深層の境目49階層のボスとの戦いを評価してもらう必要がある。戦い方のコツを教え込めばSランクには上がれるだろう。


 Sランクに上がりたての人がすぐにSSランクの認定を受けられるとは思えないが、これも経験。課のメンバーの実力が高まると思えば悪くない。


「あ……じゃあやります」


「頑張りましょうね! 智山さん!」


「あ……う、うん」


 智山は相変わらず新の顔を見れずに照れて俯く。智山……今回はいいところを見せてくれ、と思ってしまうのだった。


 ◆


『久々の供給助かる』


『ショート動画?』


『利き牛丼と見せかけた高度なドッキリ』


『ヤマダちゃんにあーんされたいんだが!?』


『さすがに親子丼と牛丼は間違えんやろ』


『間違えた』


『課長味音痴説』


『美食家(笑)』


『なんで親子丼食べて牛丼と間違えるんだよwww』


『目隠しをしてダンジョン探索は出来るのに……』


『課長の欠点:味音痴』


『味音痴とかそういうレベルじゃないんだが。鶏肉と牛肉だぞ???』


『人は何かを得るために何かを失うんだよ』


『目隠し、変態、モザイク、性奴隷、味音痴。もう失うものないだろ』


『これが無敵の人か……』

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