第26話
ダンジョンの下層と深層の境目、49階層に到着。
新と智山の特訓だったはずなのに、暇だと言って柚谷とクロワまでついてきてしまった。
入口で智山の着替えを待っていると、隣を10人程度のパーティが通り過ぎた。
「……おぉ!? お前、柚谷か!?」
パーティの戦闘を歩いていた男が話しかけてきた。雰囲気からして20代の若者だろうか。前にダンジョン管理局に呼び出されて5大ギルドのメンバーが集まった時に見た顔だ。
話しかけられた柚谷は顔を不快そうに歪めて俺の後ろにさっと隠れる。
「おいおい……元同僚だろ?」
長髪茶髪の軽薄そうな雰囲気で男が柚谷に絡む。柚谷が困っていそうなので間に入ったほうがいいだろう。
「あぁ……四菱ギルドの方ですか?」
俺が間に入るとあまり嬉しく無さそうに男が頷く。
「えぇ、そうです。四菱ギルドの深層チームのリーダーを担当している
戸沢は大きな声で俺に尋ねてくる。
「そうですけど……あまり大きな声で言わないでくださいよ。その話、まだ世に出てないんで」
戸沢は俺の注意を無視して「ハンッ」と鼻で笑う。
「柚谷、うまいことオッサンをだまくらかして転職できて良かったな。あぁそうだ。お前の机、もう無いからな」
そりゃ退職したんだからそうだろうと。
戸沢の態度からして柚谷と揉めていた雰囲気は感じる。
以前柚谷はドリアードに一人で捕まっていたところを俺が助けたが、寝不足でフラフラになっていたための不注意だったと聞いている。
とはいえ、戸沢と言い合っても仕方がないので睨むだけに留めておくと、戸沢は「ちょっとバズって人気だからって調子に乗りやがって」と言い捨て、俺の足元につばを吐いて立ち去っていく。
「……四菱ギルドの時のリーダー」
背後から柚谷の声がする。
「だろうな」
「……毎日寝不足でフラフラだった……自分は合コン行ってたくせに」
これまでの恨みつらみを吐き出すように柚谷がボソボソと話す。
「それはムカツクな」
「……推しのライブの日も休ませてくれなかった」
「それは辛いな」
「……死にかけた。ドリアード」
「そうだったな」
「……ドリアードに捕まった私を皆で見捨てた」
「無茶苦茶だな……」
「……殺す」
「それは物騒だからやめとけ!?」
「……わかった」
柚谷はそれでも納得いかない様子で唇を尖らせて「むぅ」とむくれる。
ドリアードに捕まったのは一人でフラフラとしていたとばかり思っていたが、集団で動き回っている時だったのか。さすがに助けてやれよ、と思ってしまうが今日の感じからして助け合う感じのチームではないんだろう。
「まぁ……SSランクの認定試験の時にまた会うだろ」
「……会いたくはない」
「そうか? 実はな、認定試験の方式がさっき発表されたんだよ」
俺は柚谷だけに聞こえるように声を落としてそう言う。
「……どうやるの?」
「タイマンのトーナメント戦。要は強いやつを集めてその中で上から10人を認定するって話らしい。ワンチャンあるんじゃないか?」
組み合わせ次第では柚谷が戸沢にやり返すチャンスも生まれるということ。柚谷は顎に手を当ててじっと考え込む。
「……アカン……優勝してまう」
「すげぇ自信だな!?」
柚谷はニヤリと笑ってダンジョンの奥を指差す。
「……特訓しよう」
「そうだな」
「ふぃ〜……お待たせしました」
柚谷のやる気が湧いてきたところで智山も到着。
5人でモンスターがいそうな場所を目指して進み始めるのだった。
◆
「やあぁぁぁあ!」
新が気合の入った掛け声と共に剣を振り抜くと、モンスターの身体が2つに裂けた。
「いい調子だな」
声をかけると新は「えへへ」と笑いながら振り向く。
「気ぃ抜くなよ。次が来てるぞ」
「はーい!」
新は少し離れたところからこちらへ向かってきているモンスターに一人で突撃していく。これまでの様子を見るに一人でも十分に戦えるだろう。
智山も離れたところからチラチラと新を見ながら黙々とモンスターと戦っている。
柚谷とクロワに至ってはモンスターでは飽き足らず二人で組手を始めてしまった。
おっさんの動体視力では追いかけるのが辛いほど高速で打ち合いをしていて、この二人はいい線まで行くだろうと勝手に期待を寄せてしまう。
そんな二人の組手を見ていると、遠くでキラリと何かが光った。壁にレーザースコープのようなものがチラチラと動いているのが分かり、その射線上にクロワがいることに気づく。
「おい! クロワ! 屈め!」
嫌な予感がした俺は慌ててクロワの方へと駆け寄る。
その瞬間、ズガァン! とダンジョン内に轟音が響いた。
ほとんど直感だけを頼りに飛んできている『何か』に合わせて剣を振り上げる。
ガキィンと音が鳴り、物凄い衝撃と共に剣が吹き飛んだ。
「ぐっ……」
「なっ……何事ですの!?」
「……何?」
騒ぎを聞きつけてクロワと柚谷が俺の方へと駆け寄ってくる。
「……狙撃?」
俺が弾いた何かによって壁に空いた穴を見ながら柚谷が首を傾げる。
「そうだよ。おじさん、なんで邪魔したの? 化け物を殺せたのに」
高めの女の子の声が暗がりから聞こえる。
足音もなく物陰から現れたのは大きなライフルを背負ったツインテールの女の子。見た目には中学生か高校生くらいに見える。
「俺が何か邪魔をしたのか?」
「そうだよ! そこの女! お姉ちゃんの仇!」
女の子はナイフを構えるとクロワに向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。
直線的な動きなので柚谷と俺で間に入り、女の子を押さえつける。
「離せ! そいつは……お姉ちゃんの首を……」
女の子の身体は一気に脱力してその場にへたりこむ。クロワを目の敵にし、俯いて泣いているところを見るになんとなく事情は察するものがあった。
「……何がだ?」
「渋谷ダンジョンの事故だよ。Sランクの四人パーティが全員、モンスターに首を切られて殺されたの。お姉ちゃんはこいつに殺された四人のうちの一人。ねぇ、なんでこんなところにいるの? お姉ちゃんの頭で遊んでたの? 楽しい? 自分の家族がそんな目にあったらどう思うの? 化け物なのになんで人間と一緒にいるの? なんで生きてるの?」
クロワは伏し目がちに「私は……」と言いよどむ。確かにあの時はクロワもいきなり襲われて我を失っていたのかもしれないが、普段の様子は落ち着いていて残虐な殺人鬼な面は見て取れない。出自は謎なところが多いが少なくとも彼女は人間のはずだ。
それに、世界に向けて配信はされていたものの、世間的にはあれは強力なモンスターに挑んだゆえの事故として処理されているので犯人はどこにもいない。
しかし迂闊だった。世間の関心もすぐに別の所へ移っていたから、クロワの事を見て渋谷ダンジョンの事故を思い出す人がいるとは思わなかった。
DNKのロゴがついた作業服を着ているわけだし、ここで俺が彼女の存在を認めると色々と厄介だ。
逆の立場ならこんな事を言われたら腹が立つだろうという言葉が頭をよぎる。クロワと同じような敵意を向けられても仕方がない。
それでも、クロワの身柄を預けられた企業の一員として彼女の事は守らないといけない。何より今の彼女は俺の部下だ。世間的にどう思われようとも彼女を守らないといけない立場だ。
本心は「こいつが仇です」ときちんと真実を伝えたがっている。それでも自分の立場がそれを許さなかった。
「君……それは人違いじゃないか?」
女の子は俺の言葉を聞くと、勢いよく顔を上げて俺を睨んできた。
「あなた……目隠ししてダンジョン攻略をしている課長だよね? そっか……そういうことなんだ……」
「悪いけど想像しているような事情はないぞ」
「どうでも良いよ。そんなこと」
女の子は吐き捨てるようにそう言ってよろめきながら立ち上がり、ダンジョンの出口の方へと向かっていく。
途中で歩みを止め、振り向いて虚ろな目で俺達を、クロワを見てきた。
「私は国友ギルドの
誰も何も言えないまま大浦の背中を見送る。自分よりも遥かに若いのに、俺がこれまでの人生で感じたこともないような感情に突き動かされているんだろう。
クロワと柚谷と俺で何とも言えない感情に苛まれていると、焦げ臭い匂いを漂わせながら新がやってきた。
「あちちちち! 髪の毛燃えちゃったんですけど! ……ん? どうしたんですか?」
「あぁ……いや、何でもないよ。今日はこの辺でやめとくか。たまには早上がりしろよ。新、今月の残業時間やばいぞ」
「あはは……動画編集とか凝っちゃうと時間かかるんですよねぇ……」
面倒な話を抱え込むのはおっさんと当事者だけで良い。だがクロワは大きな爆弾なのかもしれない。
そんなことを考えながら早めに特訓を切り上げるのだった。
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