第34話
SSランクに皆が通ったことは喜ばしいこと。週明けにでも祝勝会を開いてやろうとかを考えながら保佳とハンバーグをこねる。
「ぱぱー! 今ハンバーグじゃないこと考えてたー!」
ダイニングテーブルの椅子に膝立ちになりハンバーグを丸めていた保佳は俺を非難するような目を向けた。その顔は由佳にそっくり。家で仕事のことを考えいた時に由佳が俺に向けていた視線とそっくりで、まるで由佳が乗り移っているんじゃないかとすら思えてくる。
「あ……あぁ、悪かったよ」
「こねこねーこねこねー」
「こねこねーだな」
「まるまるめーまるまるー」
「丸めるぞー」
「ペチンペチン〜」
「ペクチンペクチンだな」
こんなにIQの下がった会話をしているところを会社のやつに見られたら恥ずかしさで死んでしまうだろう。
保佳は少し歪だがハート型のハンバーグを2つ作り上げた。自分と由佳の分なんだろう。
「じゃ、焼くか?」
「うん!」
ニコッと笑う保佳の目尻も由佳そっくり。将来はどうなるのか末恐ろしさを感じながらハンバーグを焼くためキッチンへ向かった。
◆
「ふぁぁ……眠い……」
ハンバーグを食べ、最近のお気に入りのエビカニクスを踊り、昼寝をして、また晩飯を食べた。
いつもと変わらない生活だがどこかに由佳がいるのかチラチラと保佳は何もない空間を見ることがあった。
だがそんな生活もそろそろ終わり。
「ママ、帰るってさ。バイバイ!」
「あぁ……そうか」
見えていなかったし、そもそも実在すら怪しい存在に向かって手を振る。
そんな曖昧な相手のはずなのに、妙に物悲しさがあるのは何でだろうか。
霊体なのに律儀に玄関から出ていくらしい由佳を見送り、保佳の歯磨きをしてベッドへ向かう。
気疲れしたのか、絵本を読んでいるうち保佳はすぐに寝落ちしてしまった。
常夜灯に切り替えて寝室の扉を閉めて一人のリビングへ。
普段なら水森が話し相手になってくれるのだが今日は誰もいない。
テレビを付けると今日のSSランク認定試験の話で話題は持ちきりだ。『DNKから5人選出。5大ギルドの栄枯盛衰』というヘッドラインは中々に目を引くものがある。これで少しはダンジョン探索の腕がある人がうちを志望してくれたら良いのだけど。
取り込むべきは配信者界隈なのかもしれない。現に残りの5人のうち戸高と雷河の二人はギルドに所属していないフリーの配信者。昨今の人気も相まって有望な人はそっちに流れているんだろう。
『まーた仕事の話? ニュースなんて大した情報じゃないんだから聞き流せばいいのにさ』
一人で考え込んでいると不意に背後から大人に抱きしめられた。
「由佳……帰ったんじゃないのか?」
「はい。水森ですよ。心配で来ちゃいました」
「あぁ……」
「ふふっ。重症ですね」
水森はそのまま俺の頭を撫でてくれる。それが呼び水になったように目から涙が溢れ始めた。
以前、新に宣言したように、俺は普段泣かないと決めている。泣くのは今日のこの日だけ。
だから今日だけは泣いても仕方がない。寝室の保佳を起こさないよう声を殺してすすり泣く。
こんな顔は水森には見せられないので俺はテレビを向いたまま背後で人の温もりを感じる。
「わざわざこのために来るなよ」
「そうですね。生きてるので安心しましたよ」
「死ねるわけ無いだろ。保佳がいるんだから」
「それを聞いてもっと安心しました」
水森はそう言うと俺の背中から離れていく。
リビングの扉が閉まる音、玄関のドアが開閉されて鍵がかかる音がしたので水森は帰ったみたいだ。
俺は安心してテレビとリビングの電気を消し、寝室へと向かった。
◆
翌日の朝、起きてリビングに行くと3人分の朝食が用意されていた。
「ママのご飯だー!」
保佳はダイニングテーブルの椅子に膝立ちになって嬉しそうに叫ぶ。
テーブルに用意されていたのはカチカチに黄身が焼かれた目玉焼き。数年ぶりに見るそれは料理が苦手な由佳が作る朝ごはんに酷似していた。
水森はいつも半熟で、それしか作れないと言っていたことがあったのでこれは水森の作ではないはず。それに遥か昔のことなので水森は硬い目玉焼きのことは知らない。
そうなるともう一つの疑問が湧く。昨晩やってきたのは本当に水森だったんだろうか。
もし職場の誰かがこんな話をしていたとしても、お化けなんているわけが無いだろうと一笑に付してしまいそうだが、今日ばかりはその存在を信じてしまいそうになるのだった。
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