第33話

 書類書類書類書類書類書類書類書類申請申請申請申請申請申請申請申請承認承認承認承認承認承認承認承認。


 SSランク認定試験の本戦を翌日に控えた金曜日、俺は社内申請と資料作成と承認の嵐を迎えていた。先週の予選のために放っていた仕事のデッドラインが今日だったのだ。


 古めかしい会社なので電子化されていないペーパーワークがそれなりに残っており、それも業務の逼迫を助長している。まぁ今日まで放っていた言い訳にはならないが。


 時計を見ると夜の10時。深層課の面々は夜勤の人を除き、明日の調整のため既に帰宅している。新を除いて。


 単純計算で日付を跨ぐという計算結果になったのだが、新が手伝いに手を挙げてくれたのだ。


 単純作業をひたすらに続けた新は「あぁー!」と叫んで机に突伏する。


「介泉さーん。もう今更じゃないですかぁ? 終わりましょうよー。来週の私達がきっと頑張ってくれますよー」


 新の誘惑につい負けそうになる。今日すべてを終わらせずに帰ったところで苦しむのは来週の俺だ。


 だが、来週の俺に笑顔で手を振って仕事を投げつけようとしている自分がいるのもまた事実。


「いやぁ……そうだよなぁ……明日は本戦だし……」


 そう言って俺は卓上カレンダーに目をやる。


「あれ……このカレンダーおかしくないか? 本戦って9月3日だよな?」


「何言ってるんですか! 2日ですって!」


「ま、マジかよ!!!」


 俺はカレンダーを持って立ち上がる。完全に自分の認識と世界の常識が一日ズレてしまっていた事に今更気づく。


「え? ど、どうしたんですか?」


「明日……いけなくなった。大事な用があるんだわ……」


「……えぇ!?」


 新は目を丸くして驚き事態を飲み込む。そして「じゃあ何のために私はお手伝いしてたんですか!」と俺が本戦を欠場する事は一切責めずに明後日の方向に話が進み始めたのだった。


 ◆


 9月2日。朝の目覚ましが鳴る前からベッドの上では保佳がもぞもぞと動き回っていた。


 俺も本戦に参加する皆の様子が気になってしまい早めに起きてしまった。


「パパ、おはよー」


 寝ぐせもそのままの保佳がニッコリと笑って俺に挨拶をする。


「おはよう」


 俺が挨拶を返すと保佳はベッドからずり落ちるように降り、背伸びをせずに寝室のドアノブを引っ張って扉を開けた。いつの間にか背伸びをせずに扉を開けられるくらいに背が伸びたらしい。


 保佳についてリビングへ行く。今日は水森はいない。親子二人、いや三人で過ごす日だからだ。


「ママ、お帰り!」


 保佳は誰もいないリビングの入り口を見てそう言う。


 9月2日、今日は由佳の命日。保佳曰く、その日は由佳が帰ってくるらしい。


 もちろん死んでいるからそんな訳は無いのだけど、医者が言うには一種のストレス回避行動なんだとか。


 そんな訳で、俺は保佳に話を合わせ、由佳が帰ってきている体で1日を過ごす。SSランクの認定試験なんて行ってる場合じゃない訳だ。


「パパ、何かお約束忘れていたの? まま、怒ってるよ」


 保佳がそう言うとカーテンがふわっと揺れる。窓は開いてないはずなんだが。


「あ……あははは……」


 本来なら由佳がここにいるなんて嬉しいはずなんだが、どうしても背筋が凍る思いをしてしまうのだった。


 ◆


 命日だからと言って特別な事をする訳じゃない。日が高く昇って暑くなる前に公園で遊んで、買い出しをして家でダラダラするだけだ。


 滑り台の横に立ち、延々と滑り台を滑っては登ってを繰り返す保佳を目で追いかける。


 そろそろ本戦が始まる時間だ。


 配信されているようなので保佳を横目に見つつスマートフォンで配信サイトを開く。すると、丁度スタンバイしているところが中継されていた。


『課長おおおおおおお!』


『課長いないんだが?』


『体調不良?』


『らしい』


 さすがに前日に私用で欠場とは言いづらいため体調不良という事にしている。


 本戦は23人でのバトルロワイアル形式らしい。生き残った10人がSSランクに認定されるという事だった。


 DNKからは5人が参加している。割合としては多い方だが、特に会社やギルドという枠組みは関係がないという建前だ。


 予選の結果がかなり良かったとはいえ、他のギルドの精鋭が残っている事を踏まえると一人か二人が認定されれば良い方だろうか。


 クロワと斯波さんあたりが有力だろうと思いながら配信サイト越しに応援を送る。


 保佳が滑り台に飽きる素振りを全く見せないまま本戦が開始。


 折角なのでこのまま観戦させてもらおう。


 案の定、クロワと斯波さんと柚谷はかなり警戒されていたようで、参加者は迂闊に近寄らないようにしている。


 意外だった事は智山が生き残っている事。予選の動きっぷりから真っ先に狙われているのだが、それを軽業師のようにひょいひょいと避けていく。


 そうこうしているうちに最上の黒歴史ノートによる負の感情のチャージが完了。黒いモヤが闘技場の一角を包み込み始めた。


 それに呼応するように雷河と戸高も会場全体に向けて魔法を放つ。


 ドガァン! と派手な音がして映像は土煙しか映さなくなった。


『カオスすぎるwwwwww』


『もう全員合格でいいわ。格が違いすぎる。Sランクの配信者がここに入っても瞬殺なのは分かったよ』


『ここに課長がいないのが残念だ』


『課長は今頃アイマスクをして寝てるよ』


『課長なら俺の隣で寝てるんだが?』


『課長という概念』


『観客席に課長のコスプレした人がいるぞwwww』


 こいつら……どれだけ俺の事が好きなんだ。試合に集中してくれ。


『試合に集中するんだ』


 俺がコメントを打ち込む。投稿したユーザー名は『DNK公式チャンネル』。


 つい癖で会社の携帯を使っていてしまった。


「やべっ……これどうやって消すんだ?」 


 慌てて消そうとするが取り消しボタンが見当たらず慌てふためく。こういう時に隣に新がいたらさっと聞けるんだが。


『DNK公式チャンネル!?』


『ヤマダちゃん!?』


『課長降臨wwwww』


『いえーい課長見てるー?』


 俺は慌ててアプリを落とす。


「パパ―! お買い物いこー!」


 ちょうど保佳がやってきた。


 まぁ誰にでもミスはある。切り替えていこう。


 椅子から立ち上がって保佳と手を繋ぎスーパーへ向かった。


 ◆


 買い出しを終えて家についたタイミングでもう一度配信サイトを開く。


 既に本戦の結果が出て表彰をしている。


 並んでいるのは10人。右からクロワ、柚谷、斯波さん、最上、智山、少し飛んで戸高と雷河もいる。


 ん……待てよ。10人中5人がDNKから出ているんだが!?

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