46話 どうにかして、助けてあげられないかな
――俺は運動が嫌いだ。
何を言っているんだと思うかもしれない。
だって俺は今、運動をしたことがないのにも関わらず運動が嫌いだと言ったから。
少し詳しく言えば、俺は運動そのものは嫌いじゃなかった。
というのも、心臓が持つなら俺は運動がしたい。
こんな心臓でなければ、俺は喜んで運動をしていただろう。
でも、できない。
その事実が、運動を嫌いにさせていた。
つまるところ、ただの嫉妬なのだ。
目の前で楽しそうに運動をしているクラスメイトが羨ましいから。
どうして自分だけできないんだと嫌悪感を覚えるから。
だから、嫌い。
したいのにできないから。
できている人たちが嫌に輝いて見えるから。
だから、嫌いだった。
◆
体育の時間。
俺はいつものように体育館の壁に背中を預けて、歌膝で授業の様子を見守っていた。
授業と言ってももうすぐ球技大会があるため、それに向けての練習が主な内容だ。
そのせいか、みんなやけに楽しんでいる。
好きな競技を自分の思うように練習している。
もちろん運動が苦手で表情を曇らせている人もいるが、俺にはその人たちが見えなかった。
いや、意図的に見なかったと言ったほうが正しい。
どうして体が動くのに運動しないのだろう。
ここには運動がしたくてもできない人がいるというのに。
視界に入れれば、妙に腹が立ってしまう。
だからと言って視界に入れまいと練習している人に焦点を当てても、結局腹が立つ。
だから俺はまたいつものように視線を下げ、頭を腕で抱き抱えることしかできなかった。
「――朝陽君?」
しばらくすると不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。
するとそこでは、ジャージ姿の弥生が俺のことをしゃがんで見つめていた。
「弥生か」
「眠いの?」
「……まぁ、そんなところだな」
「見てるだけは退屈だもんね」
そう言いながら、彼女は俺の隣に腰を下ろす。
「……練習はどうした?」
「今はちょっと休憩中。体が動かない中で練習しても意味ないからね」
「そうか」
あまり面識のない人が運動しているのを見るのに比べて、関わりの深い弥生に運動の話をされるのは少しだけ気分が楽だ。
彼女なら悪気があって言っているのではないと分かる。
ただそれでも、やっぱり不快なことには変わりない。
一番は頭を抱えて、誰の練習を見ることもなく、いっそ眠りについてしまうこと。
早く練習に戻ってくれないだろうか。
そうすれば、心置きなく眠れるのに。
しかし弥生は、俺の思いとは裏腹にその場で口を開いた。
「……朝陽君が参加できる種目って、何かないのかな?」
「俺が参加できる種目……?」
「自分一人だけ参加できないのは退屈でしょ? だから、一つでも参加できる種目があったらいいのになぁって思って」
「そんなのないよ。運動っていうのは、体を思い切り動かして汗を流すから運動って言うんだ。そのどっちともできない俺にとって、できる運動は何一つないよ」
「そ、そっか……」
残念そうに視線を下げる弥生に気づかれないように、俺はそっぽを向いて小さくため息を吐く。
本当なら、こんなこと言いたくない。
雰囲気を悪くする言葉だというのは自覚しているから。
それでも、言わずにはいられなかった。
自分にはどうしようもできないこの鬱憤を、言葉にすることでしか発散することができない。
弥生にはたくさん迷惑をかけられているからこのくらいの愚痴なら吐いてもいいだろうと自分を甘やかしてしまうその弱さが、今はすごく苦しかった。
「……でも、何も参加できないのは寂しいじゃんっ。運動できなくてもいいから、何か、何かないのかな……」
急に弥生の言葉に熱が入り、驚いて彼女の方を見る。
すると彼女は顎に手をやりながら、俺がどうにかして球技大会に参加する方法を必死に考えていた。
その姿に、俺は複雑な感情に陥ってしまう。
俺のためにそこまで考えてくれて嬉しい。
俺のためにそこまで考えなくてもいいのに。
割合で言ったら、きっと後者の方が大きいだろう。
何せ彼女はチームの優勝を左右するエースだ。
休憩中とはいえ、きっとほかにも考えなくてはならないことがあるはず。
どうせ何もできないのだから、そこまで考えなくてもいいのに。
彼女の俺を想ってくれる姿に嬉しく思うのと同時に、少しの後ろめたさと、少しの鬱陶しさが俺の良心を蝕んでいった。
「……そうだ!」
弥生はひとしきり考え込んだ後、勢いよく顔を上げる。
そしてこれまた勢いよく俺の方に視線を向けた。
「朝陽君。今度の休み、暇?」
「特に用事はないけど、どうした?」
弥生の勢いに少したじろんでいると、彼女ははにかんで言った。
「少し、手伝ってほしいことがあるんだ」
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