17話 葉月の強い想い

「――うん、今日も美味しいよ」

「それならよかった」


 が俺の作ったビーフシチューを口に含み、笑顔を浮かべる。

 葉月に教わりながら作ったそれは母さんに限らず、今日も家族に好評だった。


「俺と二人暮らしの時はこんなに美味くなかったのに……」

「おい、どういう感銘の受け方をしてる」

「お父さんの言葉はともかく、最近は本当に料理が上達してきたよね。まだ葉月に教わり始めてから二週間も経ってないでしょ? すごいなぁ」

「弥生も親父のいなし方が上手くなってきたよな」

「父さんは真面目に相手されなくなって寂しいんだが」


 だったら真面目に相手されるような振る舞い方をしろよ、と内心でツッコむ。

 最初は気を使って親父の言葉を真に受けていた弥生も、最近は慣れてきたのかさり気なくスルーするようになってきた。


 親父、世の父親たちはみんなその寂しさに耐えながら生きてるんだぞ。

 というか話に触れてくれる辺り、まだ親父の方が全然いい思いをできてるんだぞ。

 隣で母さんが笑ってくれてる辺り、むしろ幸せなんだぞ。


「にしても、本当に上手になったよな」


 おちゃらけていたと思ったら急に真面目になる親父。

 情緒が不安定すぎて……これを真に受けていた弥生の負担が計り知れなかった。


「まぁ、葉月が教えてくれてるからな。葉月がいなかったらここまで上手くなってないよ」

「もともと上手でしたよ。私がいなくても、お兄さんがその気になればここまで上手になるのも時間の問題でした」

「その気になったのも葉月がいてくれたおかげだから。ありがとうな」

「あっ……は、はい」


 感謝を述べれば、葉月は照れ臭そうに頬を赤らめる。


 慣れていないのだろうか。

 居たたまれなさそうにもじもじとしている様子がとても可愛らしい。

 小動物みたいで、思わず抱きしめたくなってしまう。


 ……と、そんな悠長なことを思っている場合じゃない。


 隣で弥生が俺を射るように睨みつけてくる。

 まだ彼女の顔を直接見たわけではないが、見なくても分かるほどの威圧感だった。


 また除け者にしてしまっただろうか。

 いや、これに関してはどうしようもなくないか?

 ただ葉月に感謝を述べただけなのに……というか、前よりも睨みが鋭くなってないか?


「そういえば、お母さんたちって結婚式は挙げないの?」


 恐る恐る弥生の方へ視線を動かせば、それに気づいた彼女が何事もなかったかのように話を切り出す。

 ……いったい何だったんだ。


「そうねぇ……本当は挙げたいんだけど、お父さんもお母さんも『再婚者』だからね」

「他人の目が気になるってこと?」

「まぁ、極端に言えばそうだな。父さんと母さんの友達は受け入れてくれるかもしれないけど、父さんに至っては離婚したわけじゃないから」

「じいちゃんやばあちゃんに申し訳ないってことか」

「そうだな」


 再婚は何もかもを新しくして再スタートできるわけじゃない。

 相手方の親族、初婚を祝ってくれた友達。

 その人たちの抱えている思いは、再婚する前のままだ。

 再婚を祝ってくれる人もいれば、初婚を引きずってなかなか祝えない人もいるだろう。

 だからこそ、後ろ髪を引かれる思いでいる親父や母さんの気持ちは痛いほどわかっていた。


 でも、二人は曲がりなりにも愛し合ったもの同士。

 お互いの再婚を祝福したいし、してもらいたいだろう。

 俺自身、二人の再婚を大いに祝福してあげたかった。


 何かいい方法はないだろうかと思考を巡らせていると、不意に弥生が声を上げた。


「だったら、家でやればいいんじゃないですか? 結婚式」

「家で?」


 親父と母さん、そして弥生と俺が葉月の提案に声をそろえる。

 全員から疑問符を浮かべられると思っていなかったのか、葉月は俺たちの声にビクッと体を震わせた。


「は、はい。家族内だけでやれば周りの目も気になりませんし、ちゃんと再婚を祝うこともできます。大々的にはできないですけど、形式を踏まえればそれなりのことはきっと出来るはずですよ」

「家で……か」


 確かにいいかもしれない。

 華やかさは出ないかもしれないが、その分あたたかい結婚式になりそうだ。


「家でって、本当にできるの?」


 不安げな表情を浮かべる母さんを見て、葉月は小さな胸を思い切り張った。


「大丈夫。神父とか牧師の役も私たちですればいいし、披露宴だって私が美味しいものをたくさん作るよ」

「でも……」

「お母さん。私、お母さんたちの結婚をお祝いしたいの。だから、家で結婚式しよう?」


 母さんはきっと俺たちに負担がかかることを危惧しているのだろう。

 それでも葉月は母さんの気が進まない表情を、真剣ながらも懇願するような目つきで射抜く。


 彼女のこんなにも意思のある目を見るのは、初めてだった。


「お母さん、私からもお願い。せっかく結婚したのに、結婚式がないなんて寂しいよ」

「俺たちなら大丈夫だから、やらせてくれ」


 葉月の熱意に感化された俺と弥生も加勢に入る。

 三人の熱いまなざしを浴びた母さんは少しの間呆気にとられると……静かに苦笑した。


「ありがとう、みんな。お父さんはそれでもいい?」

「もちろん。葉月たちが運営してくれるなら、知らない誰かに任せるよりもいい結婚式になりそうだ」


 母さんと父さんに笑顔が咲くと、それを目にした葉月にも笑顔が満ち満ちていく。

 そんな彼女を見た俺と弥生も、まるで「作戦成功だ」と言わんばかりに目を合わせて笑みを浮かべた。


「ありがとうお父さん、お母さん。私、絶対成功させるよ」


 葉月の確かな強い想いが、リビングに響くのだった。

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