18話 勇気をもって
「――じゃあ、終わったら連絡くれな。また迎えに来るから」
「あぁ、ありがとう」
車から降りてドアを閉めると、親父はこちらに手を振りながら車を走らせて家に帰っていく。
結婚式を前日に控えた今日。
俺は弥生とともにデパートへ、その買い出しに来ていた。
親父や母さんと相談しながら一緒に買い出しでもよかったのだが、葉月に……。
『ダメです、ここはハイリスクハイリターンを取ります。サプライズでお父さんとお母さんを喜ばせるために、二人だけで行ってきてください』
そう圧を込めて言われてしまったため、頷くことしか出来なかった。
「こ、これ、全部葉月が欲しいもの?」
「あぁ。あいつ、相当張り切ってるぞ」
葉月に渡された「買ってきてほしいものリスト」を見て、弥生は動揺する。
俺もさっき見たが、そこにはメモ帳に書かれた小さな文字が何枚にもわたってびっしりと連なっていた。
結婚式は主に葉月が主体となって行うようで、彼女は今も家で計画を緻密に練っている。
最近は「料理作戦」も葉月から断りを受けて中止になっていた。
その時間を、きっと結婚式の準備に充てているのだろう。
まるで体を壊してしまうのではないかというほどに入れ込んでいたので心配だったが、その姿がやけに輝いて見えてしまったので俺も腹をくくることにした。
しかし葉月の入れ込みがあまりにも予想外だったのか、隣で弥生が不安そうに眉をひそめる。
「葉月、大丈夫かな……」
「大丈夫じゃなかったら俺たちでサポートすればいい。そのためのアシスト役だろ?」
俺と弥生は葉月に「アシスト役」を任されている。
……雑用と言わないのは、葉月のささやかな優しさだろうか。
まぁ、分かりやすく言えば葉月が「脳みそ」で、俺と弥生は「手足」だ。
主に葉月の指示を受けて買い出しなり部屋の飾りつけなりをしてほしいみたいだが、何もアシストできるのは結婚式の準備だけじゃない。
葉月をアシストするのだって、立派な俺たちの仕事だった。
そう思えば、俺たちは厳密に言えば「手足」ではないのかもしれない。
「今は葉月のしたいようにさせてあげよう。あいつ、活き活きしてたからさ」
「そうだね……うん、そうだね」
どうやら弥生も覚悟が決まったらしい。
憑き物が落ちたような吹っ切れた様子で頷いた彼女とともに、俺はデパートの自動ドアを開くのだった。
◆
――葉月のお使いをクリアしていく道中、次は何を買うのかと葉月のメモ帳を見ていた弥生はこう呟いた。
「えーっと、次は……『部屋を飾り付けるための装飾(結婚式用と披露宴用をそれぞれ準備する。ただし、詳細は二人に任せる)』……?」
「任せるって、どういう飾りつけにするかってことか?」
「たぶん、そういうことだと思う……」
なるほど、葉月はちゃんと自分の要領を分かっているらしい。
自分だけでは間に合わなさそうなところを俺たちに任せることで、結婚式の成功をより確実なものにしようとしているのだ。
傍から見れば全てを一人で背負おうとしていた彼女だったが、まさかそこまで考えているなんて……やるな、あいつ。
「飾りつけ、か……」
「ん、どうした?」
「あっ、えっと……」
気まずそうに口ごもる弥生。
この気まずそうな様子には、見覚えがある。
ちょっと前にいざこざがあって、弥生と仲直りしようとしたとき。
その中で「俺を避けた理由」に口ごもっている弥生と同じ表情だ。
しかし、一つだけ前回と違うところがある。
それは、瞳に恐怖の色が染まっていないところだった。
それで俺はすべてを察した。
彼女が今、壁を一つ乗り越えようとしていることに。
心配そうにこちらを窺ってくる。
そんな彼女に安心してほしくて、俺は「大丈夫だよ」という思いを込めながら微笑んだ。
「私……絵、とか、苦手なんだよね。飾りつけって、きっと絵と同じような芸術的なセンスが大事になってくるでしょ? だから……」
「不安ってことか」
最後を言いづらそうにしていたため補足してあげると、弥生は力なく頷いた。
これまでの彼女なら、きっと絵が苦手ということすら打ち明けてくれなかっただろう。
周り、今でいえば俺の中の完璧な弥生という像を壊さないようにするために。
そうすることで、自分を恐怖から守るために。
それでも、勇気を出して打ち明けてくれたこと。
そして弥生が素直に不安そうな表情をしてくれていることが、とてもとても嬉しかった。
「大丈夫だよ。俺もそうしたセンスに自信があるわけではないけど、きっと何とかなる。もしどうしても迷ったらネットに頼ろう」
「……うん、ありがとう」
不安そうな顔に段々と光がさしていく。
それでもまだ心配は抜けない様子の弥生。
ここであれこれ考えていても仕方ないので、とりあえず俺たちは装飾品が買えるブースを探すことにした。
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