43話 映画鑑賞に向けて

 ――映画館に着くと、弥生は顔をぱぁっと明るくさせて映画のポスターが表示されたサイネージに駆け寄っていく。

 葉月はそれを好機と見たのか、すかさず俺の腕に抱き着いてきた。


「各々やりたい放題だな」


 まぁ、弥生があれだけあどけない姿を見せてくれているのもきっと成長なのだろう。

 そう考えると、少しだけ彼女の姿が微笑ましく見える。


 館内で走るのはやめてほしいが。


「私は別に、あのままお姉ちゃんがいなくなってくれてもいいですけど」

「葉月」

「むぅ……」

「弥生に見られたらまた面倒なことになるから、とりあえず離れてくれ」


 俺にそう言われて、おずおずといった様子で離れる葉月。

 その瞬間、弥生が遠くから「ほら、さっき言ってたやつこれだよ!」とあるサイネージを指差しながらこちらを呼ぶ。


 離れておいてよかった……。


 そっと安堵しつつ葉月と一緒に近づいてよく見てみると、そこにはどこかで見たことのある五人のヒロインが映っていた。


「あぁー、これか」

「私も見たことあります」

「すごく有名な作品だからね。今日はこれを見ようと思うの」

「でもこれって、いわゆる続編なんだろ? 予備知識なしで楽しめるのか?」

「そこで私は考えました。ちょっとこっち来て」


 弥生に連れられ、今度は映画がどの時間に上映されるかが表示されている電光掲示板の前にたどり着く。

 すると彼女は、壁に埋め込まれているそれを指差した。


「見て、次にその映画が上映されるまであと四十分あるの」

「……つまり?」

「待ってる間に、大まかなストーリーとか出てくるキャラクターのことを教えてあげようと思って」

「なるほど、つけ焼き刃ってことだな」


 確かに四十分もあれば大体のことは把握できるだろう。

 教えられてから映画を見るまでのスパンも短いし、十分に楽しめるはずだ。


「本当はちゃんと前もって準備できればよかったんだけど」

「大丈夫。私もこの作品のことなら、ある程度のことはお兄さんに教えられる」

「葉月も見たことあるのか?」

「漫画全部読んだことあります」

「すげぇな」


 予想以上の回答に思わず声が上がってしまう。

 ある程度とは、いったい何だったのだろうか。


「というわけで朝陽君」

「今からみっちり教えますから、覚悟してくださいね」


 急に眼の色を変えて迫ってくる弥生と葉月。

 さっきまでいがみ合っていたはずなのに、こういう時は息ぴったりだ。


 やっぱり姉妹なんだなぁと微笑ましく思いつつ、俺は近くのベンチに腰を下ろして彼女たちと一緒に勉強会に励むのだった。



           ◆



 映画が始まる十分前。

 勉強会を終わらせた俺たちは、ポップコーンを買ってシアター内に入る。


 どこまで知識を蓄えられたのかは分からないが、弥生と葉月曰くさっき教えられたことを踏まえれば映画は十分楽しめるらしい。

 ただ彼女らは情報をそのまま伝えるのではなく、ちょっとした小話も交えて教えてくれたので、俺は勉強会から既に楽しんでいた。


 そのおかげもあってか、今から映画が楽しみだ。


「私、ちょっとトイレに行ってくる」


 映画中に行きたくなったら嫌だからと付け加えて、弥生がその場を離れる。

 その瞬間、隣に座っていた葉月が俺の腕を抱いてきた。


「……このまま帰ってこなかったらいいのに」

「さっきまであんなに仲が良かったのに、どうして戻ったんだ……」

「それとこれとは話が別です」

「怖いから離れてほしいんだけど……」


 思わずため息をついてしまう。

 さっきまで仲良さそうにしながら俺に作品のことを教えてくれていたから特に心配することはないんだろうが、それでも恋はいろんなものを狂わせる。

 三角関係はもはやその鉄板だろう。

 俺がその発端になりたくはないので、何とかして俺を介しても弥生と葉月には仲良くなってほしかった。


 ……後で何かできないか考えるとしよう。


「そういえば葉月って、外に出るの久々だよな?」

「そうですね。しばらくの間家に引きこもってましたから」

「外に出るの、怖くなかったか?」


 さっきまで気にしていなかったが、口に出して初めて少しだけ心配になってしまう。


 俺は不登校になってから、外に出るのに少しだけ抵抗があった。

 もし葉月も同じだったら、可哀そうなことをしてしまったかもしれない。


「そうですね……少しだけ、怖かったです」

「そうだよな。ごめんな、気にしてあげられなくて」

「いえ、今はもう大丈夫なので。それに……」


 そう言うと、葉月は俺の腕を抱きしめる力を強めながら安心したように笑みを浮かべた。


「お兄さんがそばにいてくれたから、怖くても外に出られたんです。だから、ありがとうございます」

「……またそういうことを言う」


 彼女の笑顔が眩しくて、頬が熱を帯びる。


「本当ですよ」

「嘘をついてないのは分かってる。分かってるから、弥生が帰ってくる前に早く離れてくれ」

「……分かりました。お兄さんに迷惑をかけるのは、本望じゃないですし」

「ありがとう」


 葉月の言葉に照れ臭くなった俺は、さり気なく話を逸らすのだった。

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