44話 弥生と葉月による異世界ツアー
――映画は面白かった。
五人のヒロインの内、主人公が誰を選ぶのか最後まで分からない部分がワクワクを掻き立ててくれたし、物語の中に仕込まれたちょっとした伏線を回収するところは気持ちよかった。
ヒロインたちの魅力も十分に見られることができて、原作を読んでみたくなるくらいには大満足だった。
満足だったのだが……。
「ちょっと、私の朝陽君から離れてよ」
「お姉ちゃんのじゃない、私のお兄さん」
右腕に弥生。
左腕に葉月。
……まぁ、なんとなく気づいてたよ。
複数のヒロインが一人の主人公を取り合う映画を見たのだから、そりゃ同じ状況なら感化されるに決まってる。
本当、どうして弥生は葉月がいながらこの映画を観ようと思ったんだ……。
「って、周りの目が痛いから二人とも離れてくれ!」
シアターの出入り口で二人に絡まれていたため、シアター内から出てきた一般客やスタッフに愉悦や慈愛、嫉妬など様々な目を向けられている。
その視線に耐えられず、俺は二人を半ば強引に引き剥がした。
「ご、ごめん……」
「ごめんなさい……」
「映画を見る前に、俺に迷惑をかけるのは本望じゃないって言ったのは、どこの誰だっけ?」
「…………」
嫌味のように言えば、葉月がさらに眉尻を下げる。
発端になっている俺にも悪いところはあるのかもしれないが、それでも公共の場でこんなことはやめてほしかった。
ただ、それはそれとして彼女たちに元気をなくしてほしくないのもまた事実。
反省しているようだし、ここまでにしてあげよう。
そう考えた俺は最後にため息をついて、口元に弧を描いた。
「とりあえず、映画館を出よう。デートはまだ終わりじゃないんだろ? 次に行きたい場所を見つけたから、そんな暗い顔をしないでくれ」
俺がもう怒ってないことを察したのか、弥生と葉月は恐る恐る俺を見上げると、また申し訳なさそうに視線を落とした。
◆
「――朝陽君の行きたかった場所ってここ?」
「あぁ」
俺たちがやってきたのは、映画館の近くにあった小さな本屋だった。
店内に入って息を吸えば、落ち着く紙の匂いが鼻腔を満たしていく。
「何かを買いたくてここに来たわけじゃないんだけどな。まぁ、場合によっては買いたくなるかもしれないけど」
「どういうことですか?」
「二人に、おすすめの本を教えてもらおうと思って」
「おすすめの本?」
「あぁ」
映画館で見た有名なラブコメ作品の中身を知らなかったように、俺にはあまり日本のサブカルチャーの知識はない。
でも今日初めてその世界に浸かってみて、もっといろんな作品を見てみたくなった。
そこで、ある意味先輩の弥生と葉月に、その世界に入る手伝いをしてほしかったのだ。
まぁ、本屋に入った理由はそれだけではないが。
とにかくその旨を彼女たちに伝えれば、さっきの陰鬱さなど微塵も感じられないほどの笑みを顔いっぱいに浮かべて、元気よく頷いた。
「もちろん!」
「私たちでよければ、ぜひ任せてください!」
「あぁ、頼むよ」
あまりの単純っぷりに思わず破顔する。
そうして映画の次は、弥生と葉月によるサブカルチャーの異世界ツアーが始まった。
「お兄さんは、何か好きなジャンルはありますか?」
「そうだな……あんまり漫画や小説に触れないからこれといったものはないけど、感動出来たり切なくなるお話が好きかな」
「でしたら、これなんてどうでしょう。感情を持たない一人の少女がたくさんの人の心に触れて、愛という感情を知っていく作品です。最後の主人公のセリフは有名で、涙なしには見られない名作ですよ」
「へぇ、面白そうだな」
「私も持っていますので、良ければ貸しましょうか?」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
一つの小説を手に取って葉月と話をしていれば、今度は弥生がある漫画を持ってこちらへ寄ってくる。
「感動するお話だったら、こっちもおすすめだよ。ある学校に転校してきた主人公が、秘密裏に作られた部活で人間に悪さをする異形の魔物を倒していくお話なの」
「なんか、男心がくすぐられる作品だな」
「でも中身は結構シリアスでね。『命の答え』がテーマの作品で、主人公は部活の活動を通して生きるってなんだろうって考えるの。そこで見つけ出した答えにいろいろ考えさせられる作品なんだ。ただ、元々この作品はゲームが元になっててね。本をあんまり読まない朝陽君だったら、ゲームだったらとっつきやすいかなって思ったの」
「確かに、本よりはゲームの方が馴染みあるな」
「でしょでしょ? 私この作品のゲーム持ってるから、今度一緒にやろうよ」
「でも弥生、あの部屋のどこにそのゲームがあるのか分かるのか?」
「あっ……」
「まずは部屋の掃除からだな」
そんな会話を挟みつつ、ツアーは順調に進んでいく。
さっきの喝で反省したのか一方が一人になったときに寂しそうな顔をしたものの、すぐ輪の中に入れたおかげでそれ以上の争いは起こらなかった。
それだけじゃない。
「お姉ちゃんもその作品読んでたんだ」
「葉月もこれ知ってるの? いいよねこれ!」
姉妹間の関係も、徐々に修復されていった。
それが本屋に入った理由のもう一つでもあったから、無事に仲直りしてくれたようでよかった。
二人が楽しそうに本を紹介しているのを聞いて、俺まで楽しい気分になる。
それはその本に魅力があるからだけじゃなく、二人の活き活きとしている姿に一種の親心のようなものを感じているからだろう。
兄バカだなと自分を笑いつつ、ここに来てよかったと改めてそう思うのだった。
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