42話 結局、元通り

 ――そうして俺たちは家を出る。

 事前に出かけに行くことを母さんに伝えれば「あら仲いいわねぇ」とからかわれたが、今この場はものすごく気まずい雰囲気で息が苦しかった。


 そうは言ってもこの雰囲気になったのは俺のせいなので、俺がどうにかしなければいけない。

 デートだから腕に抱き着いてもいいぞと言おうとしたが、両手を二人の美少女に抱き着かせて街を歩くことを考えれば周囲の視線がえげつないことになりそうだったのでやめた。


 やめたのだが……。


「……あの」


 右腕に弥生。

 左腕に葉月。


 ……どうしてこうなった?


「街中を歩くことになると思うので、流石に抱き着くのはやめてもらってもいいですか?」

「葉月が先に離れてよ」

「お姉ちゃんが先に離れて」

「喧嘩したら出かけないって言っただろ。いいから早く離れてくれ」


 俺がそう言うと、弥生と葉月は互いに睨みを利かせながら同時に渋々離れてくれる。


 ……どうやら息苦しいのは俺だけらしい。

 暗い雰囲気のまま出かけるのは嫌だったから何とかしなければと思ったが、案外そうでもなさそうで逆に安心していた。


 喧嘩するのはいただけないが。


「そういえば、今日はどこに行く予定なんですか?」

「特に決めてなかったな。どこか行きたいところはあるか?」

「私は映画を見に行きたいな。そしたら、朝陽君の心臓にも負担はかからないでしょ?」

「映画は別にいいけど、本当にそれでいいのか?」


 もしかしたら本当は別のところに行きたいけど、俺の心臓のために我慢してくれているのかもしれない。

 特に映画ならついこのあいだ家で見たばかりだ。

 無理して映画にしなくても休み休みいけば基本どこでも行けると思うので、弥生に限らず葉月にも本当に行きたい場所を言ってほしかった。


 まぁ、それだと多少迷惑をかけてしまうかもしれないが。


「うん、朝陽君と見たい映画があるから一緒に見れたらいいなぁって思って」

「へぇ、どんな映画なんだ?」

「ラブコメなんだけど、有名なアニメ作品の劇場版なの」

「有名なアニメの?」

「うん! 朝陽君もキャラクターの名前くらいは聞いたことあると思うよ!」


 弥生が楽しそうに話しているのを見ていると、こっちまで笑顔になってしまう。

 しかしそれがいけなかったのか、再び葉月に抱き着かれてしまった。


「少しはこっちも構ってください」

「ご……ごめんごめん。葉月はどこか行きたいところはあるか?」


 嫉妬して唇を尖らせている葉月があまりにも可愛すぎて悶えそうになったが、何とか耐える。


「私は特に。事前に決めていたわけじゃないですし……まぁ、癪ではありますけど、映画でも私はいいですよ」

「癪って何さ」

「弥生」


まるで子供を叱るように名前を呼べば、彼女は何か言いたそうにしながらも口を噤んでくれる。


もしかして、今日はこれがずっと続くのだろうか……?


「じゃあ、とりあえず映画を見に行こう。その後どうするかはまたその時考えるってことで。それでもいいか?」

「……分かった」

「……分かりました」


 家の前でダラダラと話しているのもあれなので、早速映画館に向かって歩を進めることにする。

 家を出る前にあれだけ喧嘩をするなと釘を打ったのに、結局元通りになってしまった。


 いつまでも睨みあっている弥生と葉月を見ながら「喧嘩するほど仲がいい」って本当にあるのだろうか……? と淡い希望を抱きながらも不安になってしまう俺なのであった。

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