20話 ずるい
「――ごめん。そろそろ休憩してもいいか?」
「あ、うん。もちろん」
弥生に断ると、俺は休憩コーナーにあったベンチに勢いよく腰を下ろす。
そうして背もたれに体の支えを任せ、上がっていた息を少しずつ整えていった。
俺の心臓は、貧弱だ。
少しでも走れば胸が痛くなるほど息切れするし、走らずとも三十分程度歩けば血が回らなくなって立てなくなる。
だから買い物中はこうしてこまめに休憩させてもらっているのだ。
本当は買い物に行かない予定だったのだが、弥生がどうしてもついてきてほしいと駄々をこねるので、今こうしてここにいる。
これで三回目の休憩になるが、それでも彼女は退屈そうにせず。
「……心臓、痛む?」
不安げな表情で俺のことを心配してくれていた。
「いや、そこまで辛くないから大丈夫だよ。こまめに休ませてもらってるおかげだ」
「朝陽君の命にかかわることなんだから、それくらい当然だよ」
「それでも、ここまで気にかけてくれる人はいないよ。ありがとうな」
実の父親である親父でさえここまで心配はしてくれない。
俺のこの状態に慣れてしまったというのもあるかもしれないが、それでも現状ここまで心配してくれるのは弥生だけだった。
素直な感謝の気持ちを伝えると、不意に弥生の頬が赤く染まる。
そして、なぜかぷいっとそっぽを向いてしまった。
「どうした?」
「……朝陽君のそれ、ずるい」
「それ?」
視線をそのままに、弥生は言葉を重ねる。
「その『ありがとうな』ってやつ」
「なんで?」
「笑顔が、その……優しい」
「や、優しい?」
聞き返せば、彼女はコクっと頷いた。
急な褒め言葉に、せっかく落ち着いてきた心臓の鼓動がまた早くなっていく。
「笑顔だけじゃなくて声も優しいし、っていうか優しすぎるし、なんかもう……私が、私じゃいられなくなる」
「それは……謝った方がいいのか?」
「謝って」
「ご、ごめんなさい……?」
持ち掛けた俺も悪いのだが、正直に言おう。
なんで俺、謝ってるんだ?
「っていうかそれ、葉月にも同じような顔してるんだからね!」
「おわっ、どうしたいきなり」
急に振り向いて迫ってきたので、思わずのけぞってしまう。
その勢いは「くわっ!」という効果音が聞こえてきそうなほどだった。
「同じような顔ってなんだよ」
「笑顔とか声が優しいってこと」
「ダメなのか?」
「ダメじゃないけど……もやもやする」
「もやもや……」
弥生の話を聞いて、ふと気づいたことがある。
いや、気づいてしまったかもしれないと言った方が正しいか。
最初は単なるかまってちゃんだったのだろう。
俺と葉月との会話をむくれた表情で見てきたり、そのやり取りに無理やり参加しようとしてきたのは。
でも、最近になってそれが変わった。
なんというか……怖くなった。
俺と葉月が楽し気に会話していることに、明確な嫌悪感を示すようになった。
ずっと疑問だったが今の弥生の言葉でなんとなく察してしまったかもしれない。
彼女が、俺に嫉妬をしていると。
「そ、そろそろ買い物を再開するか?」
「話そらした」
「そらしたっていうか、これ以上俺に何を言えっていうんだよ」
「特にないけど……なんか、腹立つ」
「俺はいったいどうすればいいんだ??」
「とりあえず、行こう。早くしないと日が暮れちゃう」
「は、はぁ……」
むくれ気味の弥生。
……可愛い。
そんな可愛さに、いつか引きずり込まれそうな気がして怖い。
俺と彼女は兄妹だ。
恋人にはなれない。
なってしまったら、何かが壊れてしまいそうな気がするから。
だから、俺は彼女を好きになってはいけない。
不機嫌な彼女に振り回されながらも、俺は何とか日が落ちる前に買い物を完遂させるのだった。
◆
――朝陽君は、ずるい。
なんでも受け入れてくれるから。
私の苦手なことも、不機嫌も。
あの優しすぎる笑顔で、なんでも受け入れてくれるから。
だから、私はそれに甘えてしまう。
苦手なことを存分に披露したり、朝陽君に理不尽なことで不機嫌になったり。
朝陽君なら、ありのままの私を受け入れてくれるって、知ってしまったから。
でも、それは私だけじゃない。
葉月のことだって、朝陽君は同じような優しい笑顔で受け入れる。
きっと私たち姉妹以外の人のことも、朝陽君はああして優しい笑顔を浮かべながら受け入れると思う。
どこの誰かも分からない全くの他人にだって、朝陽君は何も変わらないだろう。
それが、朝陽君という人間だから。
底なしの愛と優しさを持った、彼の性格だから。
だからこそ、惹かれてしまう。
だからこそ、嫉妬してしまう。
だからこそ、ずるい――。
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