7話 料理作戦

「ただいまー」

「……ただいま」


 弥生とともに新しい家に帰ってくることに少し違和感があるが、今はそれどころではなかった。


 俺を連れ出してくれた弥生の優しさが仇となり、授業後は余計に人に囲まれる羽目になったのだ。

 しかもそれがなんと一日中続き、もはや疲労困憊。


 今日はなんとかやり過ごせたが、弥生のガチ恋勢には明日も絡まれることになるだろう。

 先が思いやられるとともに、改めて弥生の人気っぷりを認識させられた今日だった。


「いやー大変だったね」

「なんでお前はそんなにピンピンしてるんだよ……」

「ピンピンはしてないよ。実際、私も質問攻めからの質問攻めで本当に疲れたんだから。でも、それ以上に非日常が楽しかったというか」

「そのことを言ってるんだよ……」


 もちろん俺も変わらない日常よりかは非日常の方がいいが、あんな非日常は懲り懲りだった。


「……おかえりなさい」


 広いリビングまでやってくると、ソファに腰をかけてテレビを見ていた葉月が気まずそうに出迎えてくれる。


『なぁ、葉月は学校に行く準備をしなくていいのか?』

『そういえば言ってなかったね。あの子、最近あんまり学校に行けてないの』

『そうなのか?』

『新しいクラスに馴染めなくなっちゃったらしくてね』


 朝にした弥生との会話をふと思い出す。


 葉月はいわゆる不登校らしい。

 休む頻度も日に日に多くなり、今は少しも学校に行けていないのだという。


 もちろん無理に行かせるよりは家にいた方がいいのだろうが、それでも学校に行けることに越したことはない。

 何より、それが気がかりで葉月が暗い気持ちになってしまうことが一番の問題だ。


 話くらい聞いてあげたいものだが、そのためには彼女との距離を縮めなければいけない。

 出会って間もないのにいきなり突っ込んだ話をするわけにもいかないからな。


 だからどうにかして距離を縮めるきっかけだけでもつくりたいのだが……。


「……そういえば」

「ん、どうしたの?」

「あ、いや、何でもない」


 弥生は呆けた顔で首を傾げると、気にせずに二階へ上がっていく。


 彼女の背中を見送る中で、俺は一つの名案を思いついていた。

 この方法であれば、葉月との距離を縮められるかもしれない。


 善は急げということで、俺は急いで自室に鞄を置いてくることにした。


         ◆



「——テレビを見てるのか?」


 再び一階のリビングに戻ってくると、葉月はまだソファに座ってテレビを眺めていた。


「はい」

「この時間帯だとあんまり面白いのもやってないだろ」

「ニュースばっかりです」

「だよな。なんか他にすることはないのか?」

「本も全て読み終えちゃいましたし、今のところは特に何も」

「そうか」

「はい」

「…………」

「…………」


 ……気まずい!

 なんだこれ、いま言い出せばいいのか?

 いやでも会話が一区切りついてからだいぶ時間が経ってるし、今さら言い出したら違和感しかないよな?


 でももう後戻りも出来ないし、言うなら今しかない。

 それか本題に入る前にもうワンクッション置ければいいんだが、いざするとなると緊張してこれ以上話題を広げられそうにない!


 でもいま言ったら違和感がすごいし、ワンクッションも置けないし、一体ここからどう動けばいいんだ……??


「……で、何か用ですか?」

「へっ?」

「こうして私に話しかけに来たってことは、何か用があるってことですよね?」


 どうしようかと若干テンパっていると、幸運にも葉月から話しかけてくれた。


「……ありがとう」

「何がですか?」


 いや、もう感謝しかなかった。


「ほら、俺と親父が初めてこの家に来た日の夜、葉月に料理を教えてほしいみたいな話をしてただろ?」

「あの話、まだあったんですか?」

「ちょうど葉月が暇そうにしてたし俺も手が空いてるから、もし良ければ教えてほしいなぁと」


 葉月の距離を縮める方法、その名も『料理作戦』。


 何、作戦名が安直すぎるって?

 ……ネーミングセンスが皆無なんだよ、気にするな。


 まぁ要するに、料理を通して葉月と仲良くなろうってことだ。

 彼女の心の内を知るには、彼女に心を開いてもらわないといけない。

 この作戦であれば容易に距離が縮められるだろうし、他に邪魔が入る心配がない。


 ……まぁ、距離を縮められるかどうかは俺次第なのだが。


「前にも言ったじゃないですか、大層なことは何もしてないって」

「それでも俺は教えてほしいんだよ。葉月の作ったカレー、すごく美味しかったからさ」


 作戦とは言っているが、この言葉も嘘ではなかった。


 レシピ通りに作っても今ひとつ納得のいく出来にはならない。

 だからといって安易にレシピから外れてしまってはただ味を壊すだけだ。

 だから葉月がどんな方法であの味を生み出しているのかが気になってしょうがなかった。


 葉月に料理を教えてほしいという気持ちは本物だった。


「大層じゃなくても、特別じゃなくてもいいから、葉月の料理の仕方を教えてくれないか?」


 最後に一押しすれば、葉月は困ったように瞳を伏せる。

 やがて大きなため息をつくと……。


「……分かりました。もう三時半ですし、ちょっとしたスイーツでも作りましょうか」

「本当か!」

「そんなに言われたら断る理由もないですし。でも料理は一朝一夕で上達するものじゃありませんから、これからしばらくの間は一緒に練習しますよ」

「分かった、ありがとうな」


 これから葉月に料理を教えてもらえると思うとワクワクが止まらない。

 口角を緩ませていると、不意に葉月の頰が赤く染まるのだった。

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