24話 夫婦として、兄妹として、家族として 前編
「――昨日、今日とお忙しい中、お母さんとお父さんの結婚式を開くためにご助力くださいまして、誠にありがとうございます」
葉月が束ねられた白いカーテンの脇で、手元の台本を優しい表情で読む。
この日のためにわざわざ準備していたのだろう。
久々に着たという制服もちゃんと着こなしており、いよいよ結婚式が始まったのだと意識させられた。
「これより始めさせていただきます結婚式は、この会場にいる家族全員で二人の結婚の幸せを分かち合い、そして祝いたく、家族内での結婚式でございます。同時に二人はこれを、会場のみんなと家族として出会えたことに対する祝いの儀式としたくも思っています」
この結婚式は、親父と母さんのためだけの結婚式じゃない。
ここにいる全員のための結婚式だ。
多少の紆余曲折はあったかもしれない。
親父と母さんに至っては、多少の言葉では済まないほどの紆余曲折があっただろう。
それでもここで、こうして新しく家族として出会えた。
この結婚式はそれを祝うと同時に、これからを共にすることを誓う儀式でもあった。
「二人にとって、そして我々家族にとって、人生の新しい門出をみんなで祝いたいと思います。申し遅れましたが、本日の司会を務めさせていただく入夏葉月です。精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
俺と弥生の拍手がリビングに鳴り響く。
二人だけの拍手ではあったが、それは決して寂しさを感じさせるようなものではなかった。
「それでは、リビング後方の扉にご注目ください。新郎新婦の入場です。拍手でお迎えください」
葉月に言われた通りリビングの後方、玄関に続く廊下を繋ぐ扉に視線を向けると、それがゆっくりと開かれる。
俺と弥生は、先に負けずとも劣らない大きな拍手で二人を祝福した。
片開きの扉を二人一緒にくぐれない都合か、まず初めに姿を現したのはタキシードに身を包んだ親父だった。
胸を張り、一歩二歩と前へ出れば、続いてウエディングドレスを身にまとった母さんが出てくる。
そして二人は目を合わせ幸せそうな笑みを浮かべると、母さんが差し出された親父の左腕を右手でそっと抱き、白い造花たちに迎えられながらゆっくりと歩き出した。
決して初婚のような若々しさは感じられずとも、辛い日々を一緒に乗り越えてきた二人の優しい表情からは強い絆を感じる。
そしてそれは、二人からしか感じられないような温かいオーラだった。
「これより新郎、入夏優さんと新婦、入夏皐月さんの結婚式を執り行います。ご列席の皆様には、お二人の結婚の立会人となっていただきますよう、よろしくお願い申し上げます」
家族のためといえど、この結婚式のメインはあくまで親父と母さんだ。
親父たちがカーテンを背に立ち止まると、それを改めて示す葉月。
同時に、彼女は深く一礼した。
「まず初めに、結婚誓約宣言です。今日のこの日を迎えるにあたって、お二人はご自身の言葉で結婚の誓いを立てられました。皆様の前で結婚誓約を宣言していただきます。それでは、お二人ともよろしくお願いします」
葉月にバトンを渡された親父と母さんは、特に誓約書を見ることもなく、俺、弥生、そして葉月を順々に見ながら言葉を重ね始めた。
「まずはみんな、今日のためにいろいろ準備してくれてありがとう。父さんも母さんも、特に葉月の強い想いがなかったらこんな風に結婚式を開こうとは思わなかった」
「今日は私たちの結婚はもちろん、みんなと家族になれたこともお祝いしたいのを葉月に言って、こういう形の結婚式にさせてもらったわ」
まさか話しかけられるとは思っておらず、俺は目を見開く。
弥生は膝に置いていた両手をぎゅっと握りしめ、葉月もA4 サイズの台本を強く抱きしめた。
「子供たちのことは、以前の家庭で幸せにしてあげられなかった。朝陽には母さんと死別して辛い思いをさせたし、弥生と葉月には離婚して苦しい思いをさせた。それは父さんも母さんも、本当に申し訳ないと思ってる」
本当に、大変だった。
母さんが死んで、不登校になって、それまで当たり前だったことが
それから立ち直るのにどれほどの時間を要したか、どれだけ大変だったか。
弥生と葉月も同じだろう。
それまで大切だった肉親を失い、ここまで立ち直るのにすごく苦労したはずだ。
でも、親父や母さんを責めるつもりは俺たちにはない。
だって、俺たちよりも親父や母さんは辛い思いをしていただろうから。
今思い返せば、懐かしくすら感じる。
それが、ダメだったのだろう。
心の内から湧き出る安堵を、止められずにいた。
「でも、だからこそお父さんとお母さんにもう一度チャンスが欲しい。今度はこの家庭で、ちゃんと子供たちのことを幸せにしたい。そしてお父さんもお母さんも、子供たちと一緒に幸せになりたい」
親父と母さんは再び目を合わせると、息をそろえてここに誓約する。
「病めるときも、健やかなるときも、常に思いやりを持つ家族として在ることを大切にし、幸せな家庭をここで築くと誓います」
弥生が俺の隣で泣き崩れる。
葉月も必死に我慢しているが、目尻からは一筋の涙がこぼれていた。
まるで他人事のように二人を見ている俺も、目頭が熱くなっているのを感じずにはいられない。
そんな俺たちを見て、親父と母さんは優しい笑みを浮かべるのだった。
今ここに、新しい俺たちの物語が始まる。
俺はここにいるみんなと一緒に、全力で人生を謳歌するんだ――。
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