25話 夫婦として、兄妹として、家族として 後編

「うまいっ!!」


 パエリアを口に含んだ親父は開口一番、元気な声で言った。


「いやー、やっぱり葉月の作った料理は美味いなぁ!」

「俺も少し手伝ったんだぞ」

「あー……美味い、かもな?」

「おい、なんでそうなる」


 親父のボケ、俺のツッコミに食卓が湧く。

 今は披露宴の真っ最中だった。


「少しじゃないですよ、お兄さんはほとんどの料理を手伝ってくれました。だからここまで豪勢な料理にできたんです」

「葉月が全部一人でやろうとするから、流石に見過ごせなくて」

「ありがとう、朝陽。葉月の面倒を見てくれて」

「俺はそんなつもりは全くなかったけどな」


 母さんの言葉に、俺はミートローフを食べながら返す。


 実際、すごく楽しかった。

 葉月に料理を教わって、気づかなかったことに気づけるようになって、面倒くさかった手の込んだ料理がすごく楽しくなった。


 それでもやっぱり葉月には届かなくて、どうしたらより美味しく仕上がるかを忙しい中で彼女に教えてもらっていた。

 面倒を見るなんて烏滸おこがましい。

 むしろ、いつものように俺が面倒を見てもらっていたくらいだった。


「……また、除け者扱い」

「葉月も、俺の面倒を見てくれてありがとうな」

「料理に関することであれば、いくらでもお任せください」

「ち、ちょっと、本当に除け者にするの!?」


 テーブルに手をついて乗り出した弥生の大声に、またも食卓が湧いた。


 料理のことを話すたび、弥生は唇を尖らせる。

 だが彼女も素直に自分を表現してくれるようになり、逆に嬉しく思う自分がいた。

 それだけ俺のことを信頼してくれているという証拠であり、同時に少しくらいいじっても大丈夫だという証になるからだ。


 今までいじられてきた分のお返しを、と思っていたのだが少々やりすぎてしまったらしい。

 葉月が勝ち誇ったような顔をしていたのも原因だろう。


 何でも切ってしまうのではないかと錯覚するほどの鋭い睨みを彼女に向けられる。

 背筋が凍ると同時に「ほ、ほどほどにしておけよ……?」と恐怖に震えた声で親父に言われてしまった。


 命の危機を直感的に感じたのは、これが初めてだった。


「じ、冗談だって。弥生も、俺と一緒にリビングの飾りつけをやったもんな?」

「これ、全部二人でやったの?」

「これだけじゃなくて、結婚式の飾りつけも二人でやったんだよっ」


 母さんの問いかけに、弥生が活き活きと答える。

 機嫌が直ったのを察した俺と親父は、彼女に気づかれないように安堵の息をついた。


「披露宴」と豪語してはいるが実際はそんなに豪勢なものではなく、まるで誰かの誕生日を祝うかのようなこじんまりとしたパーティー用の装飾だ。

 それでも壁やテーブルに彩り豊かな造花たち、クロス、その他パーティー装飾を飾りつけてあり、それっぽい雰囲気にはなっている。


 大きな花束などを買ってきて立てるのもできたことにはできたらしいが、葉月が……。


『せっかく家で披露宴をやるんですから、食卓の雰囲気も残したさり気ない装飾にしましょう』


 そう言ったので、あえて控えめな装飾にしたのだ。

 家族の温かさを感じられる披露宴にと、そんな意味を込めて。


 こうした独自の雰囲気が楽しめるのも、家ならではだった。

 ちなみに、みんなの服装も私服に戻っている。


「この装飾は、私たちが着替えてる間に?」

「うん。それと同時進行で私は掃除をしたり、朝陽君と葉月が……料理したりしてたんだよ」


 自分から触れに行くのか……。

 ほんの少しだけ引いていると、再度弥生に睨みつけられる俺。


 流石にわがまますぎやしないか?


「そうだったの。二人ともありがとうね」

「全然。弥生がいたから、想像よりもスムーズに飾りつけが進んだよ」

「こちらこそ。私一人だけだったら、絶対時間内に終わってなかったし」


 弥生の機嫌が再び直る。

 それと同時に、今度は葉月がカプレーゼを食べながらこちらを睨みつけていた。


 二人が同時に笑顔になる日は、もう来ないのだろうか。


「そういえば、お母さんとお父さんはどうして仲良くなったんですか?」

「おっ、知りたいか?」

「あっ、それ俺も知りたい」

「おいおい、前に話そうとしたときは嫌がったくせに」

「いいだろ別に。今は知りたいんだよ」


 前は状況も状況だったからな。

 父親が息子一人に向かって嬉々として惚気のろけ話をしてこようとするのは普通に拒否するだろ。


「……まぁいい。父さんと母さんはたまたま同じ会社で働いててな、もともと関わりはそんなになかったんだが、ある事業を二人で担当することになったのをきっかけに仲良くなったんだ」

「お父さん、普段はこんなだけど、会社ではすごく頼もしいのよ」

「そうなのか?」

「どうして疑う?」


 だって、普段がこれだからな。


「ま、まぁ一旦置いておこう。母さんと関わり続けるうち、次第にプライベートについての話も出てくるようになってな。母さんも父さんもがちらついてなかなか話せなかったりもしたんだが」

「それでも私はいつまでも落ち込んでいるんのが嫌だったから、勇気を出してお父さんに打ち明けたの。そしたらお父さん、何も言わずに抱きしめてくれたわ」

「えっ!?」


 グラタンを食べる手を止め、弥生が興奮気味に驚く。

 どうやら彼女は誰かの恋バナが好きらしい。


「改めて解説されると、なんか恥ずかしいな……」

「あら、格好良かったわよ?」

「聞いてる俺も恥ずかしいんだが……」

「お兄さんはちょっと黙っててください」

「なんで!?」


 葉月も葉月で真剣に親父と母さんの話を聞いている。


 今、この瞬間は俺だけが除け者だった。

 悲しい。


「母さんの話を聞いてるうちに、母さんのことを守りたいって思うようになったんだ。ってな。だから、父さんが母さんにプロポーズしたんだ」

「四十代にもなってプロポーズされるとは思ってなかったから、すごく嬉しかったわ。それと同時に、私も誓ったの。この人と一緒に幸せになろうって」


 大切な人を失う痛みを知っているこの二人なら、どんなことがあっても大丈夫だと思う。

 だって、一度でも大切な人を失ってしまえば、次に失うのが怖くなってしまうから。

 そのせいで、他人と踏み込んで関わることを拒んでしまうから。


 それでも、二人はそれを乗り越えて今ここにいる。

 何も心配する必要はなかった。


 いつの間にか俺も聞き込んでしまい、しんみりとした気持ちになっていた。

 何だかんだ言っても、俺は親父や母さんが大切だった。


「もちろん、父さんたちだけじゃないぞ。、幸せになろうな」


 親父の言葉に、俺は。


「……あぁ」


 誓いの意味を込めて、笑みを浮かべながら頷くのだった。


 ――――――――――――――


 ここまでお読みいただきありがとうございます!

 これにて一章完結です!


 まだまだ朝陽たちの物語は続きますので、もし少しでも面白いと思って頂けたのなら星やコメント、レビューなど書いて頂けるととても励みになります。

 実際、読者様は一体どんな思いでこの作品を読んでくれているのか、とても気になっています。

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