30話 イチャイチャ
「落ち着いたか?」
「うん……ありがと」
よっぽど怖かったらしく弥生はしばらくの間泣いていたが、ようやくそれも引っ込んだみたいだ。
しかし彼女はずいぶん長い時間ホラー映画と格闘していた。
中盤くらいまでは頑張っていたのではないだろうか。
これだけ怖い思いをしていたなら、もっと早い段階でギブアップしていてもおかしくないだろう。
「……もしかして、無理してた?」
「無理してた」
即答する弥生。
「言ってくれたらもっと早く見るのをやめてたのに」
「でも逃げるのは、なんか、負けたような気がして嫌だったから」
「どこで負けず嫌い発揮してるんだよ」
弥生が完全に泣き止んだのを確認した俺はふっと苦笑すると、ソファから立ち上がった。
「さぁ。もう遅い時間だし、そろそろ寝よう」
「ち、ちょっと待って。もう寝るの?」
「だって、言っただろ。映画はこれで最後だって」
「そうだけど……じ、じゃあ、もうちょっとお話してようよ」
「これでも俺、結構眠たいんだけど」
口に出せば、まるでそれを表すかのように欠伸が出る。
弥生が泣き止んだのを見て安心したのもあるのだろう。
急激に睡魔が押し寄せてきていた。
「……寝るの?」
弥生は立ち上がった俺の服の袖をきゅっと掴む。
どこか不安そうで、ちょっと照れ臭そうなその瞳は不器用に俺を捉え、見上げていた。
「……どうした?」
熱っぽくも見えるその瞳にたじろぎながら聞くと、弥生は小さな声でぼそっと呟く。
「……一緒に、寝たい」
「っ……」
薄々気づいてはいた。
きっと一人が怖いんだろうと。
だから必死に俺を引き留めていたのだろうと。
それでも俺が聞いたのは、そうであってほしくないと思っていたからだった。
「……狭いぞ」
「狭いからいいの。今日は、一人で寝たくない」
とはいえ、断れるほど俺の意志は強くない。
だから受け入れるしかなかった。
「……今日だけだぞ」
「うん、ありがとう」
安心したように頬を緩ませた弥生は、さっきよりも強い力で俺の服の袖を掴むのだった。
◆
「私が奥でいいの?」
「あぁ。もしかしたら落ちるかもしれないからな」
「何、そんなに寝相悪いの?」
「いや、そういうわけじゃないけど。弥生が落ちるなら俺が落ちたほうがいいと思って」
たとえ寝かせてやる立場だとしても、弥生が痛い思いをするのは嫌だった。
だからそう言ったのだが……。
「それ、私もおんなじなんだけど。朝陽君に落ちてほしくないし」
「でも、俺だって弥生に落ちてほしくない」
お互いに眉をひそめる。
鋭い視線が交差する。
ここで軽く話し合ってもいいのだが、眠かった俺はいきなり極論を持ち出すことにした。
「ここは俺のベッドだから俺の言うことに従ってください」
「……ずるい」
「じゃあ一人で寝るか?」
「是非とも奥に行かせていただきます」
よっぽど一人で寝るのが嫌らしい。
ちょっとちらつかせればすぐに言うことを聞いてくれた。
今の弥生は俺くらいチョロかった。
ベッドに上がりタオルケットをかければ、俺は彼女に背を向ける。
「……なんでそっち向くの」
「なんでって、別にいいだろ」
「こっち向いてほしいんだけど」
「なんで」
「……寂しいじゃん」
「ちゃんとそばにいるから寂しくないよ」
「そういう問題じゃないの」
「えぇー」
思考がだんだんとまどろみ始めている。
弥生を変に意識する前に、さっさと寝てしまいたかった。
対して、彼女の声もさっきより覇気がない。
きっと俺と同じだろう。
大丈夫だから、早く寝ればいいのに。
「……ん」
「何してるんだ」
「背中にくっついてる。朝陽君がこっち向いてくれないから」
「……暑いよ」
「いいじゃん。あったかくて」
弥生はさらに俺の背中にくっついてくる。
いつもならあたふたしていたのだろうが、眠いせいかそこまで気にならなかった。
それどころか、心地よささえ感じる。
彼女の体温が、俺をこの上なく安心させてくれた。
「……うん、あったかい」
「あったかいんじゃん」
力なく笑う弥生の声が聞こえてくる。
楽しくて、嬉しくて……幸せな気持ちだった。
ずっと、この時間が続けばいいのに。
「もう、ねる?」
「寝るよ。眠いもん」
「まだおはなししてたい」
「弥生だって眠いくせに」
「だって、あさひくんとおはなしするの、たのしいんだもん」
「うん、俺も楽しい。弥生と話すの」
「じゃあおはなししようよ」
「何を話すの?」
「んー……あさひくんのせなかが、おっきいところとか」
「そりゃあ男なんだから大きいだろ」
「そうじゃなくて……あんしんするってこと」
「そりゃよかった」
「……これでおわり?」
「だって、これ以上話すことないし」
「んー……もっと……はなし……」
「……弥生?」
呼んでみるが、弥生の反応はない。
耳をすませると、すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえてきた。
寝返りを打って、弥生の方に向く。
気持ちよさそうに寝ている弥生の頬がふっと緩んだ。
今、弥生はどんな夢を見てるんだろう。
少なくとも、楽しそうだった。
無防備な弥生の頭をそっと撫でてみる。
すると、緩んだ頬にできたえくぼがより深くなった。
……可愛かった。
「おやすみ、弥生」
きゅっと弥生の手を握りながら、俺も眠りにつくのだった。
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