12話 がさつな彼女
「――まったく。せっかく朝陽君があわあわしてたのを面白がってたのに、急に平気にならないでよ」
「ご、ごめん……」
廊下を歩きながら、俺は静かに反省する。
未解明の謎から解放された後、俺は自分の愚かな行動にようやく気付くことができた。
同じクラスの同級生、ましてや義妹にあろうことか『あーん』をねだるとは。
いや、よくよく考えてみれば俺はマジでなんてお願いを弥生にしていたのだろう。
あれでは弥生が恥ずかしい思いをするのも無理なかった。
俺も今思い返しててめっちゃ恥ずかしい。
……というか今コイツ、俺があわあわしてたのを面白がってたって言ったか?
「あっ、あぁ~! 見て、朝陽君! 前期期末のテスト範囲、もう出てるよ!」
睨みつければ弥生は慌てたように話題をそらし、ついでに目もそらす。
全部引き戻して追及してやろうかと思ったが、弥生から『あーん』をされるのもやぶさかではなかったため良しとしておこう。
義理とはいえ妹にそういう感情を抱くのはどうかと思うが、少し前までは他人だったのでこれくらいはどうか許してほしい。
「前期期末……もうそんな時期か」
とはいえ来週からの夏休みを挟むため、テストはもう少し先なのだが。
これを見てテスト勉強をしろ、と先生からのさり気ないお達しなのだろう。
それでも入学からもう三ヶ月以上も経っているのか。
今年は親父が再婚して家族が増えるという一大イベントがあったから、去年よりも時間の感覚が圧倒的に短い。
弥生の美貌にも一生慣れないと思っていたが、顔を合わせる時間が増えたからかある程度平気になっている自分がいた。
……まぁ、それでも向こうに何かアクションを起こされたら、それが全くの無意味になってしまうのだが。
「朝陽君はテスト勉強してる?」
「俺の隣の席にいるお前であれば、俺が如何に勉強をしてないかわかってるだろ」
「それは確かに」
「言い切られると、それはそれで憤りのようなものを感じるな」
「でも事実でしょ?」
「はい、そうです……」
反論の余地がなかった。
でも、反省はしていない。
テストなんて最低限点数が取れていればいい。
目指すものも何もないのに嫌いな勉強を進んでできるわけがないだろ、と心の中で開き直ってみる。
「じゃあ夏休みの間、二人でテスト勉強でもする? 同じ家に住んでるから毎日できるよ」
「俺はしない。するんだったら一人でやってくれ」
「えぇーどうしてよ。二人でやった方が絶対はかどるし絶対楽しいと思うんだけど」
「勉強に楽しいことは何一つない」
これだけは自信を持って言える。
勉強が好きな物好き以外は必ず賛同してくれるはずだ。
「それは朝陽君が二人で勉強したことないからでしょ。二人でしたら意外と楽しいんだよ?」
「本当かよ……」
いまいち気が乗らない。
そんな俺に、弥生はある提案をしてきた。
「じゃあ一日だけ二人で勉強してみようよ。それでダメだったら私も諦めるから」
「それだったら、まぁ……」
俺もああは言ったが、弥生の主張も一理ある。
俺が誰かと勉強をする楽しさを知らないだけかもしれない。
だが、それでも俺は勉強自体が苦手だ。
だから負担の少ない一日だけ、誰かと勉強をする楽しさを体験できるならそれが一番いい。
「……わかった、一日だけだぞ」
「約束だよ? 今日は私が都合悪くて無理だから、明日一緒にやろうね」
そういうことで弥生と一緒にテスト勉強をすることになったのだが……名目通り勉強をするという事実が何よりのネックだった。
何かをして遊ぶ、とかだったら喜んで引き受けたんだけどな。
まぁでも弥生は嬉しそうにしているし、弥生から教えてもらえるのであれば少しか勉強もはかどるだろうから甘んじて受け入れることにしよう。
「げっ……」
会話がひと段落したと思ったら、隣で弥生がうめき声をあげた。
彼女の視線の先、教室の入り口の陰にはまたもあいつらが俺たちを睨んでいる。
……マジで、何がしたいんだろう。
あいつらの心情はまだしも、行動は心底理解できなかった。
◆
――そうして翌日。
学校を終えた俺は弥生にテスト勉強の話題を持ち出したが、まだ準備ができていないらしく夜にやろうと言われた。
何の準備をする必要があるのだろうと一瞬疑うも特に気にせず、その時はそれで終わった。
しかし夕食が終わっても、彼女から勉強に誘われることはなかった。
それどころか、それ以降彼女はリビングに顔を見せなくなってしまった。
「――弥生は?」
風呂から上がりバスタオルで髪を拭きながら、いつものごとくソファに座ってテレビを眺めていた葉月に尋ねてみる。
「さぁ、ご飯の時以来見てませんね」
「というかあいつ、風呂には入ったのか?」
「それも分かりません。多分まだ入ってないとは思うんですけど……」
まだ何か準備をしているのだろうか。
こんなに時間のかかる準備、しかも風呂をそっちのけって……弥生はいったい何を準備しているのだろう。
「分かった、とりあえず部屋を見てくるよ。階段を上がって、俺の部屋とは反対の方向に行けばいいんだよな?」
「その突き当りにお姉ちゃんの部屋があります。わざわざすみません」
「別にいいよ、俺も弥生に用事があるから」
さすがに少し気になるので、弥生の部屋を見に行くことにする。
彼女にここまで約束事を先送りにする印象がなかったため、少し心配なのが正直なところ。
とはいえこの時間から勉強するにしてもあまりできないだろうから、勉強が苦手な俺からしたら嬉しいのも本音だった。
ただこのまま勉強するのかどうかをなあなあにするのもどうかと思うので、複雑な気持ちを抱えながら弥生の部屋へ向かう。
「そういえば、弥生の部屋に入るのは初めてだな……」
異性の部屋に入るのも初めてということもあって、今更ながら緊張してきた。
こうやって弥生を意識してしまいそうになった時、必ずすることがひとつだけある。
それは……
「弥生は妹、弥生は妹、弥生は妹……」
ひたすら言い聞かせるのである。
血の繋がりがないとはいえ、戸籍上俺と弥生は立派な兄妹なのだ。
緊張する意味も、意識しなければいけない理由もどこにもない。
いつも通り接すればいい。
大きく深呼吸する。
加速していた心拍を落ち着かせると、俺は弥生の部屋のドアをノックした。
「弥生、いるか?」
…………。
声をかけてみたが、向こうからの反応はない。
いない……ってことはないよな。
弥生が外に出るところも見なかったし、きっとこの部屋にいるはず。
「弥生?」
もう一度声をかけてみるも、やはり何も返ってこない。
何かあったのだろうか……。
「入るぞ」
心配になった俺はそう断り、ドアノブをひねって押し上げた。
「な、なんだ……?」
眼下に広がるのはたくさんの本や衣類、人形など様々な物。
部屋には足の踏み場もなく、その奥で弥生がベッドに横たわっているのが見えた。
きっと寝ているんだろう。
……いや、それよりも注視すべきところがある。
「どうしてこんなに散らかってるんだ……」
何か棚をひっくり返した、というわけでもなさそう。
ってことは、この部屋は常時この状態なのか……?
とりあえず弥生を起こすため、俺は散らかっている物の合間を何とか縫ってベッドに近づいた。
「弥生。……やよいー?」
「ん……」
揺さぶると、弥生は寝返りを打ち仰向けになった。
ゆっくりと目が開き……目が合う。
「おはよう」
「あさひ、くん……?」
寝ぼけた様子の彼女だったが、その後目を見開くと衝撃の行動に出た。
「あぁぁぁ⁉⁉」
「なんだなんだ⁉」
大声をあげながら急に覚醒し、俺の背中を思い切り押してくる。
その力は尋常じゃなく、まるで普通の女子の力ではなかった。
「ちょっと待って! 転ぶ! 転ぶから!」
「いいから早く出てって!」
弥生に言われた通りというか不可抗力というか、何度も転びそうになりながらなんとか部屋を出ると、弥生はドアを閉めてしまった。
「ど、どうしたんだよいきな――」
「……てない」
「な、なんだって?」
「朝陽君は何も見てないっ!」
急に叫びだす弥生。
そんなに自分の部屋を見られたことが恥ずかしかったのだろうか。
……いや、あの惨状なら恥ずかしがっても無理はないか。
「俺はただ勉強しに来ただけ――」
「勉強はまた今度にするから、い、今見たことは全部忘れて‼」
「は、はい!」
声を震わせながら言うものだから、素直に従うしかなかった。
というか、俺が見なかったことにできてないじゃないか……。
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