47話 少しでも楽しんでほしい
――というわけで、
俺は弥生に連れてこられ、休日だというのにも関わらず学校に来ていた。
靴を履き替え、体育館に続く廊下を歩かされる。
「……んで、俺は今日何をさせられるんだ?」
「私たちの練習を見てほしいんだ」
「弥生たちの練習を……?」
「自分たちで練習しながら試行錯誤するのもいいけど、どうせなら外から見てる人にアドバイスを貰いたいじゃない? だから、朝陽君に私たちの練習を見てもらって、気になったところがあったら言ってほしいなって」
「でも……俺、バレーなんてやったことないけど」
言っていなかったが、今回弥生が参加する種目は女子バレー。
とはいえどんな種目でもそんなに変わらないが、スポーツ未経験の俺にアドバイス役が務まるとは思わない。
なぜ他の人に頼まなかったのだろうか。
もっと他の人に頼んだ方がいいのではないのだろうか。
そんな考えが頭の中で渦を巻いていると、不意に弥生に手を掴まれ引っ張られる。
「そんなの大丈夫! よく分かんなかったら、そのまま私たちの練習を見てるだけでもいいから!」
「ちょ、引っ張るなって!」
そのまま体育館に連行されると、中にはすでに女バレに参加するクラスの女子が集まっていた。
見て思ったけど、男子は俺だけなんだよな……。
女子に囲まれているという淡い嬉しさと、男子がいないという何とも言えない寂しさが思考の中で入り乱れる。
「入夏君が私たちの練習を見てくれるの?」
弥生が輪の中に入り、残された俺はどことなくそわそわとしていると、俺を発見した一人の女子が話しかけてきた。
「弥生から聞いてないのか?」
「たった今聞かされた。私たちだけで練習するものだと思ったから、少しビックリして」
「弥生に見てほしいって言われたから。でもほら、俺ってスポーツの経験ないだろ? だから正直に言えば断りたかったんだけど、弥生が大丈夫だって無理やり連れてきて仕方なく……」
「へぇー……そうなんだ」
事情を聞くや否や、いきなりニヤニヤしだす目の前の女子。
「……な、なんだ?」
「いんや、なんでもない。ちなみに、どうして見てほしいのかについては聞いてる?」
「外からのアドバイスが欲しいからって言われたけど」
「ふーん……なるほどなるほど」
今度は俺と弥生を交互に見ると、さらにその笑みを深くした。
「な、なんだよ」
「別に? 答えてくれてありがと。んじゃ、アドバイスよろしくね」
「あんまり期待するなよ」
「はーい」
そう言って、その女子は再び輪の中に戻っていく。
すると次は、ムスッとした顔の弥生がこちらに向かって歩いてきた。
「……ねぇ、朝陽君」
「な、なんだ?」
「今、あの子に何を聞かれてた?」
「えっ? いや、どうして俺が見ることになったかってことだけだけど……」
「ふーん……」
「……なんだ?」
「別に。教えてくれてありがと。そろそろ練習始めるから、何かあったら言って」
「あ、あぁ。分かった」
そうして一度もその表情を変えずに輪の中に戻っていく弥生。
……いったい何だったんだ?
(いい加減正直になりなよ。入夏君に自分が活躍してるところを見てほしいから連れてきたんでしょ?)
(も、もうっ! 今日は本当に違うんだって!)
何やら女子グループが騒いでいる。
でも小声で話しているから、こちらに会話の内容が聞こえてくることはない。
……早く練習に入ってくれないだろうか。
ため息をつきながらその様子を見守っていると、やがて女子会が終わったのかそれぞれが各々のポジションにつき、ようやく練習が始まった。
「っ……」
さっきとは打って変わった緊迫した雰囲気がこちらにまで伝わってくる。
それは彼女らが如何に真剣に取り組んでいるのかを教えてくれた。
だというのに、俺だけ手を抜くわけにはいかない。
あまりやる気ではなかったが、彼女ら、さらには弥生の想いに見合った誠心誠意を見せなければならないと気が引き締まる。
ちゃんとやろう。
運動が嫌いな俺は、今だけ嫌いな運動に向き合うことを決めた。
◆
「――一旦休憩にしよう!」
弥生の指示で、緊迫した雰囲気が緩む。
そうして練習前の緩い雰囲気が戻ってきた。
各々が輪の中で会話をしている中、弥生はタオルで汗を拭きながらこちらに向かってくる。
「どう? 何か気になるところあった?」
「いや、特には見つからなかった」
結局、俺は彼女たちにあげられる有用なアドバイスを見つけられなかった。
せっかく真剣に練習してくれたのにと、不甲斐なさが胸に残る。
「そっか」
「でも、連携はよかった気がする。弥生を中心に周りがしっかり動けてて、攻めに関しては問題ないように思えた」
「なるほど。ただ、それだと相手チームに優位に動かれちゃうかもね」
「どういうことだ?」
「私が中心になってるってことは、それを読まれたら対処も簡単だっていうこと。私に合わせて行動すればいいだけだからね。だから、それだけだと今の問題ない攻めも防がれる可能性がある」
「なるほど」
「私たちはバレー部じゃないから、特段バレーが上手なわけじゃない。素の実力だけじゃなくて、もっといろんな手札を用意しないと試合には勝てない……か。分かった、ありがとうね」
「あ、あぁ」
一頻り考え込んだ後、弥生はそう言って再び輪の中に入っていく。
……結局、何も力になってあげられなかった。
やっぱり俺ではアドバイス役が務まらないんだ。
でも、弥生はそれを分かっていたはず。
俺が運動をしたことがないことは知っているし、だから適したアドバイスができないのは、彼女の頭で容易に想像できたはずだ。
彼女は、どうして俺なんかにアドバイス役を頼んだのだろう。
彼女たちの練習を眺めながら考えても、その答えはついぞ出なかった。
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