9話 「『お兄ちゃん』って呼んだほうがいい?」
「えっ? 朝陽君、プリン作ったの?」
夕食後に冷蔵庫で冷やしておいたプリンをお盆に乗せて持ってくると、リビングでくつろいでいた弥生がそれを見るなり食いついてきた。
「あぁ、葉月に教えてもらいながらな」
「えっ、葉月も一緒に作ったの?」
「お兄さんがどうしても教えてほしいって言うから、仕方なく……」
「その割には、葉月も結構楽しんでたじゃんか」
「そ、それは……」
その場にいた葉月も会話に参加してくるが、どうやらタイミングを間違えたようだ。
まぁ、その間違いをつくった要因が俺なわけだが。
葉月は必ずいい反応を見せてくれるからついつい弄ってしまう。
現に今、俺に図星を突かれ恥ずかしそうに瞳を伏せていた。
可愛い。
「いいなぁ二人だけプリン作り。なんか私だけ除け者みたい」
「わざわざ俺の練習に付き合ってもらうのは申し訳なかったからさ」
こちらもこちらで不服そうに唇を尖らせている。
一人ハブられるのを嫌がっている辺り、弥生は少々かまってちゃんなようだ。
「そもそもお姉ちゃん、料理できないでしょ」
「ちょ、ちょっと葉月……!」
「弥生って料理できないのか?」
「家での料理担当は私ですから、お姉ちゃんはそもそも料理に触れる機会が少ないんです」
「そ、そう、機会が少ないだけなんだよ! 頑張って練習すれば私だってきっと……!」
弥生が料理できないのは意外だった。
というか料理に限らず、弥生は基本的に何でもできるイメージがある。
テストでも常にトップだし、体育の時間も弥生を中心としてゲームが進んでいると言っても過言ではない。
俺はスポーツに関しては全くの初心者だが、その目線から見ても弥生の運動神経がいいのは明らかだった。
まぁ、完璧な人間なんていないと思うから、弥生が料理を苦手としていても不思議はない、か。
「そ、それはそうと、それって私も食べられるの?」
弥生はそう言いながら俺の持つプリンに指を差す。
「一応、人数分作ったから食べられるぞ。美味いかどうかは分からないが……」
「本当に!? 食べる食べる〜!」
俺の補足を耳にせずプリンに飛びつく弥生。
もう一つ、彼女と暮らし始めてから分かったことがある。
それは彼女が意外にもお転婆だったということだ。
学校で見せる姿は淑やかで、まさに清楚そのもの。
しかし家での彼女は元気いっぱいだ。
学校と家でこうも違うのかと思いながら彼女を眺めていると、やがて俺の視線に気づいた彼女は……。
「……コ、コホン」
と、恥ずかしそうに咳払いをしながら静かにテーブルへと戻っていった。
「……なぁ、葉月」
「なんですか?」
「弥生って、家ではいつもああなのか?」
「そうですね、基本的には」
耳打ちをすれば、葉月も気を利かせて弥生に聞こえない程度の声量で教えてくれる。
学校と家とでの弥生の像には多少の
それ自体は特に問題ではないが、その乖離を俺の前で隠そうとする仕草が少し気にかかる。
「葉月も食べるか? プリン」
「はい、せっかくなのでいただきます」
葉月とともに、弥生が座っているテーブルへと向かう。
葉月と距離を縮めるのもそうだが、弥生のことも気にかけないといけないな。
……と思ったが。
「んっ、これ美味しい!」
「……ならよかった」
プリンを食べてたちまち元気を取り戻したため、そこまで大きな問題でもないのかもしれない。
あまりの変わり様に、思わず口元が緩んでしまった。
まぁでも、気にかけておくに越したことはないし、このままだと弥生が本当に除け者になり得ないので、ときどき様子を見ることにしよう。
——俺も席に付きプリンを食べてみると、カラメルの苦味とプリンの甘さが丁度よく美味しかった。
我ながらとても上手くいったと思う。
「うん、美味しいです。口当たりも滑らかですし、初めて作ったにしては十分すぎる出来ですよ」
葉月からのお墨付きも貰えたし、距離を縮めることも出来たし、第一回「料理作戦」は大成功と言っていいだろう。
「葉月が親身になって教えてくれたおかげだよ。ありがとうな」
「そのお礼は、お兄さんがもっと料理を上手に作れるようになるまで取っておいてください」
「分かった、これからよろしくな」
「ビシバシいきますから、覚悟してくださいね」
「手厳しいな」
出会ってからたった数日にして、葉月の笑顔が増えてきたような気がする。
これも俺の努力の賜物だろうか。
それにしては少し早すぎる気もするが、他に思い当たる節もないしそういうことにしておこう。
……それはともかく、さっきから弥生の鋭い視線が痛い。
さっそく彼女を除け者にしていたみたいだ。
心の中で謝りつつ、俺は前々から気になっていたことを聞いて彼女を会話に入れてあげることにした。
「そ、そういえば、弥生って何月生まれなんだ?」
「私? 私は三月生まれだけど……」
「そうか。葉月は?」
「八月生まれです」
「やっぱり。ってことは皐月さんは五月生まれか?」
「よく分かったね」
「よく分かったも何も、名前がそのまんまだからな」
きっと皐月さんの名前が誕生月だから、その娘である弥生と葉月の名前も誕生月にしたのだろう。
こちらとしては分かりやすくて助かる限りだ。
「ちなみに、朝陽君は何月生まれなの?」
「俺は二月生まれだ」
「あっ、そこは真逆なんだね。名前に『陽』が入ってるから、てっきり夏生まれなのかと思った」
「俺の名前は誕生月にちなんでるわけじゃないんだろうな」
小学生の時に授業の一環で自分の名前の由来を親に聞いたような気がするけど、もう忘れてしまった。
どうして「朝陽」という名前にしたんだろう。
個人的には、中性的であんまり好きじゃないんだよな……まぁ、もう慣れたからいいんだけど。
「朝陽君の方が早生まれなんだ……ってことは、私も『朝陽君』じゃなくて『お兄ちゃん』って呼んだほうがいい?」
「は、はぁ? いやいや、なんでそうなるんだよ」
「だって実際お兄ちゃんなわけじゃない?」
「ただ俺の方がちょっと早く生まれただけだろ。……居心地悪いから、今まで通り名前で呼んでくれ」
さっき弥生に「お兄ちゃん」って言われたときは本当に爆発するかと思った。
その名残か、まだ頬が熱い。
というか、もはや体中が変な汗をかいている。
急な不意打ちは本当にやめてほしい。
ただでさえ不意打ちじゃなくても耐えられるか分からないというのに、これでは俺の中の何かが破壊されかねなかった。
「……お兄ちゃんっ」
「ばっ、馬鹿! やめろ!」
「顔赤いよー? お兄ちゃん」
「だからやめろって言ってるだろ!?」
にやにやしながら如何にも楽しそうにしている弥生に、俺はしばらくのあいだお兄ちゃん呼びで弄ばれるのだった。
……葉月の鋭い視線を浴びながら。
この状況のどこがそんなに不服だったのか、俺には全く分からなかった。
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