2話 予想外の再会
「親父、そこに正座」
「はい……」
家に入った後、俺はリビングで親父に正座を命令していた。
まだ籍は入れていないらしいがいきなり再婚を告げられたのだ。
そりゃあ態度も荒々しくなるに決まってる。
「どうしてそんな大事なことを今まで黙ってたんだ?」
「いや〜、ね? 本当はもっと段階を踏んで朝陽に伝えたかったんだよ? でも半年前に付き合ってから色々と事がトントン拍子に進んでいって、気づけば結婚まで……」
「だとしても、付き合ってることくらい話してくれてもよかっただろ」
「……ちょっと恥ずかしくて」
「思春期か」
頬を赤らめるな気持ち悪い。
まぁでも俺が小学二年生の時に母さんを病気で亡くしてからというもの、ここ最近元通りになってきたとはいえ落ち込んでいることの多かった親父だ。
母さんの死をいつまでも引きずって暗い気持ちでいるよりかは、その方が全然いい。
母さんにとっても、きっと親父が元気でいてくれた方が嬉しいだろう。
だから親父の再婚を俺も祝福したいところだったが、申し訳なさそうにしつつもヘラヘラとしている様子に怒りを覚えずにはいられなかった。
「お相手さんは?」
「会社の同僚だ。今までは普通に友達感覚というか、知り合いとして接してきたんだけど、ある事業を共同で担当することになったのをきっかけに——」
「あーもういいもういい。それ以上言わなくていいから」
親父の惚気話に拍車がかかろうとしたところで止めに入る。
そんなの誰が聞きたがるんだよ。
話を遮られしゅんとしていた親父だったが「あっ」と何かを思い出したような声を上げて再度俺に視線を向けた。
「向こうにもお子さんがいるらしいから、実質朝陽に兄妹が出来ることになるぞ」
「きょうだい……?」
「そうだ。娘さんが二人いるらしい」
「そうか……ちなみに、一緒に住んだりとかは?」
「うちは大きな家じゃないからな、向こうの家で一緒に住むことになった」
「終わった……」
ただでさえ見ず知らずの異性といきなり同居はハードルが高すぎるというのに、加えて向こうの家に住むとか、俺は果たしてやっていけるのだろうか。
いや、時間が経てば次第に慣れていくんだろうが、それまでが地獄だ。
その上、俺と向こうのお子さんとの勢力関係は一対二。
精神的不利が半端じゃない。
「何をそんな絶望に染まったような顔してるんだ、年頃の男子にはこの上ないシチュエーションだろ」
「あんたの脳内は本当にお花畑なのか!」
ツッコんでみたものの、これまで恋愛に明け暮れていた親父ならこうなってしまうのも仕方ないのかもしれない。
いや、流石にこうはならないか。
以前の母さんもそうなのだが、これから俺の母さんとなる人は一体この人のどこに惚れたのだろう。
「向こうのお子さんはその同居に合意してるのか? 見ず知らずの男どもがいきなり家に上がりこんで来るなんて、いくらなんでも無理難題すぎるだろ?」
「だから明日の休みに顔合わせをして、最終的に同居するかどうかを決めることにした」
「明日かよ。というかさっき『住むことになった』って言ってたけど」
「父さんと母さんはそれぐらい同居したいってことだ」
「母さんは流石にまだ早いだろ」
俺はまだ会ったことすらないっていうのに。
というか、明日かよ。
もっと早く言ってくれよ頼むから。
「まぁ、とにかくそういうわけだから、ちゃんと予定を開けておけよ」
「……とりあえず、わかった」
なんとか親父との会話を果たしたわけだが、未だに頭が混乱しているのが何となくわかる。
少し一人で整理する時間が要るようだ。
「……あの、もう正座解いてもいい? 父さんまだ仕事があるんだけど」
「ちゃんと反省して、これから大事なことは余裕を持って話すって約束してくれるか?」
「話すよ! ちゃんと話すから!」
「本当かなぁ……まぁ、わかった。いいよ、いってらっしゃい」
「おう、行ってきます!」
俺から解放された親父は意気揚々と部屋を出ていった。
「……これじゃあ、どっちが親か分からないな」
とは言ったものの、俺自身も密かにワクワクしていた。
もちろん不安もあるが、何せ長い間二人きりだった俺たちに新しい家族が出来るのだ。
それも三人も。
退屈だった日々が、ようやく少しずつ変わりそうな気がする。
そうだったらいいなぁと淡い期待を抱く俺だった。
◆
「——大きな家だな」
翌日、俺は顔合わせのため親父と一緒に相手の家に訪れていた。
表札を見る限り、どうやら親父のお相手さんは朝比奈さんという方らしい。
一瞬あの朝比奈弥生の母親と再婚したのかと思ったが、朝比奈という苗字は結構耳にするし、住んでいる街もそこまで小さくはない。
人違いだろう。
「そうだろ?
「マジかよ……親父は中に入ったことあるのか?」
「いや、入ったこともなければ来たのも今日が初めてだ」
「あっ、そうなの……」
じゃあさっきまで自分のことのように話していたのは何だったんだ……。
「それじゃあ、チャイムを鳴らすぞ」
「あ、あぁ」
親父が人差し指でボタンを押すと、ピンポーンという音がスピーカーから鳴り響いた。
いよいよこれから新しい家族に対面する。
そう思うと、ただでさえ早い心臓の鼓動がさらに加速していくのが分かった。
どんな人であれ、俺はこれから会う人たちと生活を共にすることになるかもしれない。
今まで退屈だった分、少しでも新しい家族と楽しく生きられるようにしよう。
心の準備が整った瞬間「はーい」という声とともにドアがガチャリと開いた。
「……え?」
「……はっ?」
ドアの向こうから出てきた人物は俺を見て、目を見開きながら言葉を失っている。
当の俺も予想外の出来事に絶句していた。
それは俺と親父を出迎えてくれた人物が、学校一可愛いと噂されるあの朝比奈弥生だったからだ——。
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