3話 顔合わせ
「——フラグ回収って本当に起こるんだな」
「何の話だ?」
「いや、なんでもない」
隣に座っている親父に耳打ちすると、俺は視線を正面にいる三人に戻す。
しばらく玄関先で固まっていた俺と朝比奈だったが、その後親父のお相手さん
そして現在俺たちは顔合わせという名目の元、とりあえず自己紹介をしようとテーブルを囲んでいる。
「私の名前は朝比奈
「あっ、はい、よろしくお願いします」
朝比奈弥生の母親ということもあって、皐月さんもかなりの美人だった。
鼻筋が綺麗に通っていて、肌もきめ細かい。
朝比奈が長女ということもあり親父とは同年代なのだろうが、老けなどは一切感じさせず、まさに「淑女」という言葉を体現している。
あまりに綺麗すぎて、声をかけられたときに陰キャ特有の「あっ」が出てしまった。
いやもう目の前の三人が美人すぎて、今日いっぱいは陰キャに成り下がるような気がする。
「朝比奈弥生と言います。お父さんとは初めまして、ですよね。入夏君とは同じ学校の同級生で、よく授業中にお世話になっています」
「弥生、それだと優さんの方か朝陽君の方か分かんないよ」
「そ、そっか。……えっと」
皐月さんに指摘された朝比奈はおずおずと俺に視線を向ける。
きっと名前で呼んでもいいのか気にしているのだろう。
「うん、名前で呼んでもらって構わないよ」
俺がそう言うと、朝比奈は嬉しそうに顔を明るくさせながら頷いた。
「うんっ、朝陽君」
すげぇ……俺、今あの朝比奈弥生に名前で呼ばれた。
笑顔で呼んでくれるし、天使かよ。
あまりに可愛すぎて、表情筋が緩むのを食い止めるのに必死だった。
「それと最後に次女の紹介なんだけど……」
皐月さんが気まずそうに口を開いたのは、きっと右端に座っている女の子が原因だろう。
次女、ということは朝比奈の妹なのだろうが、さっきから一言も喋らない。
それどころか暗い面持ちで佇んでいるから、皐月さんもそれを気にしているようだ。
きっと見ず知らずの親子が家に上がり込んできて困惑しているのだろう。
「……
皐月さんが耳打ちすると、朝比奈の妹は伏せていた顔をゆっくりと上げて、
「……朝比奈、葉月です」
端的に自己紹介をした。
皐月さんに従順なところを見る限り、悪い子ではないようだ。
「うん、よろしく」
俺は葉月の自己紹介に笑顔を浮かべて相槌を打つ。
彼女とはこれから同じ屋根の下で暮らす家族になるかもしれない。
そんな子が暗い顔をしているのは嫌だし、いがみ合うのなんてもってのほかだ。
少しでも打ち解けてもらえるように心がけたつもりなのだが……やっぱり葉月は何も反応しなかった。
「ごめんね、この子緊張してるみたいで」
「しょうがないですよ。俺だって見ず知らずの他人がいきなり家に上がり込んできたら困惑しますし」
皐月さんとそんな言葉を交わし、次はこちら側の番になったわけだが……。
「お前がそんな気遣いを出来るようになってたなんて、成長したなぁ……」
「どこでそれを感じてるんだよってかこんな場所で泣くな!」
感慨に浸っていた親父の涙、そして俺のツッコミにより、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
皐月さんと朝比奈弥生が笑ってくれている……葉月は相変わらず無反応のようだが。
いつも空気の読まない親父の性格が、ここではプラスに働いたらしい。
良くも悪くも親父はこの家でムードメーカー的存在になりそうだ。
「俺の名前は入夏優。弥生ちゃんと葉月ちゃんにとってはこれからお父さんになる人だ。最初は受け入れがたいかもしれないが、仲良くしてほしい」
涙を袖でゴシゴシと拭き、親父が優しい声音で自己紹介をする。
意外とまともな自己紹介だと思ったのは果たしてこの中で俺だけだろうか。
「入夏朝陽です。新しい家族が増えるって親父から聞かされたときは不安だったけど、幸い知っている人もいたし何とかやっていけそうです。親父ともそうですが、自分とも仲良くしてもらえると嬉しいです」
全員の自己紹介が終わると、皐月さんが胸の前で手を合わせた。
「さてと。自己紹介も済んだわけだし早速本題に入りたいんだけど、私と優さんはこの家でみんなと一緒に暮らしたいと考えているの。せっかく結婚したのに優さんと一緒にいられないのは嫌だし、義理とはいえ家族になる以上子どもたちにも仲良くなってほしい。基本的にこっちの都合で申し訳ないんだけど、子どもたちはそれでもいい?」
「私はいいよ。初対面の人だったら考えたかもしれないけど、朝陽君とだったらやっていけそうだし」
皐月さんの言葉にいち早く反応したのは朝比奈だった。
どうやら俺にある程度の信頼を置いてくれているらしい。
ありがたいと思うとともに、その信頼が少しだけくすぐったかった。
「俺も、二人が受け入れてくれるなら大丈夫です。一番気にしていたのはそこだったので。親父と皐月さんの気持ちも尊重したいですし」
まぁ、朝比奈はともかく葉月の方は受け入れてくれるのか分からないが。
「葉月はどう?」
皐月さんに問いかけられた葉月は、何も言わずにただコクリと頷くだけだった。
それは了承を意味するものだったらしく、葉月の思いを汲み取った皐月さんは「ありがとう」と優しい面持ちで言った。
「それじゃあ堅苦しい雰囲気はこれで終わり! この家で一緒に暮らすことも決まったことだし、今日はお試しで優さんと朝陽君に泊まっていってもらうことにしましょうか。申し訳ないけど、泊まる用意をしてきてもらえる?」
「あぁ、全然構わないよ」
皐月さんと親父が言葉を交わしている。
これから泊まる用意をしに帰るようなので、ささっとここを出る準備を済ませてしまおう。
そう思い席を立つと、朝比奈が「朝陽君」と俺の名前を呼んで駆け寄ってきた。
「これから家族としてよろしくね、朝陽君」
そうか、これから俺は朝比奈と家族になるのか。
ずっと意識していたことなのだが、改めて口に出されると不思議な気持ちになる。
「……あぁ、よろしく」
そんな気持ちが表れたのか、はたまた俺の名前を呼ぶ朝比奈の笑顔が可愛すぎたのか、俺は目を伏せることしか出来なかった。
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