14話 兄妹、兄妹……
――弥生の部屋でひと騒動あってから、彼女は俺を避けるようになった。
学校で弁当を一緒に食べなくなってしまったし、ふと目が合ったと思っても彼女は気まずそうに俺から目を離す。
会話なんてもってのほかだ。
弥生が俺を避ける気持ちも分からなくなかったから最初は特に気にせず過ごしていたが、夏休みに入ってからもその状態は変わらなかった。
そうしてしびれを切らした俺は……。
『弥生』
『な、何?』
『勉強会をしよう』
『……へっ?』
『だから、俺と二人で勉強会をしようって言ったんだ。もともと誘ってきたのは弥生だっただろ?』
『で、でも、私の部屋……片付いて、ないよ?』
『だから、今日は俺の部屋でやろう』
『朝陽君の、部屋……?』
弥生の部屋が片付いていないのは想定済みだった。
あんな量の物、一日だけでは到底片づけられそうにない。
この前お邪魔したときに弥生が寝ていたのも、きっと終わりが途方もなくて力尽きてしまったからだろう。
片付けを手伝おうかとも思ったが、何か見られたくないものが混ざっている可能性があったからやめた。
結果、弥生との関係を修復するためには俺の部屋で一緒に勉強するのが最善だと考えたのだ。
「お、お邪魔します……」
「そんなに緊張しなくていい。自分の家だろ?」
「緊張するよ。だって、男の子の部屋だもん……」
「…………」
どうやら、まだ兄妹を兄妹として見られていなかったのは俺だけではなかったようだ。
と、そんな冷静に分析する余裕なんて全くない。
……なんでそんな意識させるようなこと言うんだよ。
俺まで緊張するだろ……!
「と、とりあえず! 今テーブルと座布団を出すから座ってくれ!」
「う、うん! わかった!」
お互い、無理やりテンションを上げることでなんとかこの場をやり過ごす。
俺は作業があるから気を紛らわすことができたが、弥生は手持ちぶさたになってしまい勉強道具を持ちながらずっとそわそわとしている。
その姿が妙に可愛らしい。
……前言撤回、全然気を紛らわすことなんてできなかった。
お互い座布団に腰を下ろし、テーブルに勉強道具を広げる。
その後、数秒の沈黙。
「……もう、初めてもいいんだよね?」
「あ、あぁ、いいぞ」
許可を得た弥生はさっそく教科書とノートを開き、シャープペンシルを走らせていく。
俺も気を紛らわすようにノートに文字を並べて言ったが……一分も続かずに止まってしまった。
勉強が苦手だからというのもあるが、やっぱり弥生に意識がいってしまうのが大きい。
ノートにこすれるシャー芯の音。
教科書のめくれる音。
弥生の座りなおす衣擦れの音。
壁掛け時計もなく、本当にそれらしか音がないから余計に弥生を感じてしまっていた。
気まぐれにも彼女の方に目をやれば、タイミングよく顔を上げた彼女と目が合ってしまう。
体をビクッと震わせながら顔を赤らめ、急いで勉強に戻る様子にまた悶々とした気持ちにさせられる。
いったいどうすればいいんだ……⁉
頭も回らなくなってきてただただ俯いていると、ふと弥生が声を上げた。
「あ、朝陽君は勉強しないの……?」
「……できない」
「朝陽君から誘ってきたのに?」
「確かに……」
何をやっているんだ俺は。
「勉強できないんだったら、もうお開きにしようか? 私もあんまりはかどらないし」
「いや……」
俺は弥生と仲直りをしたくて勉強に誘ったんだ。
なのにこのまま終われば仲直りはおろか、余計に気まずくなってしまう。
それだけは絶対にダメだ。
これ以上気まずくなりたくない。
ずっと寂しかった。
弥生と会話できない、一人の時間がとても。
だから……。
「ごめん!」
「えっ?」
頭を下げる。
前方から素っ頓狂な声が聞こえてくるが、とりあえず全て伝えなくてはと思った俺は気にせず続けた。
「勝手に弥生の部屋を見てごめん。ずっと謝りたかったんだ。でも、機会がなくて謝れなかった。その間、弥生にはずっと気まずい思いをさせた。……本当にごめん」
あの時。
声を震わせながら弥生が俺を部屋から追い出したとき。
泣きそうな声をしていたのには気づいていた。
にも
ひどいことをしてしまったと自責の念に駆られながらひたすらに謝っていると、弥生は戸惑いながらも俺に制止をかけた。
「ち、ちょっと待って。朝陽君、何か勘違いしてる。私は別に部屋を見られたことに怒ってるわけじゃないよ」
「えっ、そうなのか?」
「嫌ではあったけど、怒ってるわけじゃない。朝陽君は私を気にして部屋に来てくれたんだから、朝陽君は何も悪くないよ。私がだらしないのが悪いの」
「でも、じゃあどうして俺を避けたりなんかしたんだ?」
「そ、それは……」
「俺も怒ってるわけじゃない、ただ理由を知りたいだけなんだ。どんな些細なことでもいいから、何かあったら教えてくれ」
弥生は気まずそうに俯く。
それはさっきのような照れくさい気まずさではなく、どこか不安そうな気まずさだった。
やがて意を決したのか、大きく息を吸うとそれを吐き出すように一言だけ言葉を紡いだ――。
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