第38話 屋根裏部屋のようなオフィス
「なんだ、ここさっき入った道じゃないか!」
5分ほど道にコウジは迷い、先ほど通った脇道からオフィスのあるビルへ入っていった。
エレベーターが遅かったため、階段を駆け上がりオフィスに到着した。
コウジがドアを開けると、一人の女性がオフィスにいた。
コウジがかつて内定者のころ研修で数回会話したことのある先輩社員だった。
細い目でこちらをじっと見て、思い出したかのように喋りかけてきた。
マサコ:あら、コウジくん元気ね〜。ここ少しわかりづらかったでしょ。
マサコは冷静な態度でコウジを出迎えてくれた。
コウジ:遅れてすみません。
マサコ:あら、いいのよ。今日はスタッフも帰ったし、来店予定者もいないので。
コウジ:スタッフさんいるんですか?
マサコ:アルバイトの方ね。事務作業とかを担当してもらっているの。 それと、うちのオフィスはアポなしで大勢こられても対応できないから、事前に来店予約をしてもらうようになっているのよ。
マサコは机に重ねてあった、分厚いファイリングされた書類を棚にしまった。
マサコ:それで、ドーハは決まったの?
コウジ:いえ、まだ決まったわけじゃないですけど、会社として来年には支店をという計画で・・・
マサコ:あら、そんなに話が進んでいるのね。来年なんてもうすぐじゃない。
コウジ:そうですね。それで今、僕が市場調査をしてなんとか具体化できないか模索しているんです。
マサコ:市場調査を重ねて、何かつかめたかしら?
コウジ:少しずつ見えてきているものの、誰がどうみても「これいけるぞ!」というビジネスモデルまでは至ってなくて・・・
コウジの少し悩んだ顔を見ると、マサコは笑みを浮かべて言った。
マサコ:コウジくん、あなた 面白い人ね! なんでドーハに支店をつくろうなんて思い立ったのかしら?
コウジ:まあ、治安がいいし、街も綺麗で、ほらワールドカップもあるじゃないですか?
コウジは咄嗟に、抽象的な言葉を並べて説明した。
マサコ:インバウンドの需要はなさそうよね、日本からは。まあそれはこれから考えていけばいいわね。いくらでもやり方はありそうだし。
マサコは冷静に返した。
マサコ:そういえば、コウジさん お腹空いてない? もし良かったら美味しいフォンデュのお店があるのでそこで話でもいかがかしら。コウジさん、明日もう帰るんでしょ?
コウジ:はい、お願いします!
マサコの誘いにコウジは、遠慮がなかった。
コウジは、マサコに案内されたレストランに入った。
薄明かりの店内ではあるが、カジュアルな雰囲気と料理が提供されるお店だった。
コウジは、フォンデュなどマサコが注文してくれた料理を頬張った。
マサコ:どう? チューリッヒは? 少し観光できたかしら?
コウジ:そうですね。少し街を歩いたぐらいですね。 車がよく止まって道を譲ってくれるのにびっくりしました。
マサコ:そうそう、この国は歩行者優先なので歩行者がいたら止まらなきゃなのよ。歩行者いるのに先に通ってしまったら罰金だから。
コウジは、食事中にマサコからスイスの国柄や駐在員との距離感、業務の話などを聞いた。
スイスは物価が高く、駐在員の数も非常に少ない。
東南アジアは物価の安さ、日本からの距離の近さなどもあって駐在員や、現地採用で働く人の数は多いが、ここスイスは東南アジアとは真逆の環境でもあった。
駐在員も各社片手にも満たない。さらに平均年齢も高めだ。
しかしスイスはインバウンド需要が多くある為、駐在員らを相手にした商売ではなくとも、海外からのインバウンドで収益を稼ぐことは可能であった。
コウジはマサコの説明を聞き逃すまいと、スマホにメモをどんどんと書き足していった。
そんなコウジをみて、マサコは言った。
「あなた勉強熱心ね〜 そんなに張り詰めていたら、持たないから もっと気を楽にしなさい」
食事を終えたコウジは、マサコと別れ、少しチューリッヒの夜景を見ながら宿泊先に戻ったのだった。
チューリッヒの夜景を見ながらコウジは呟いた。
「ずるいな、この景色も街の綺麗さも 東南アジアと全然違う」
環境汚染が深刻なミャンマーをはじめとした東南アジア
一方 環境問題への取り組みが顕著なスイス
道端にはゴミが落ちていない有様が、コウジにとってとても新鮮に感じたのだった。
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