第35話 譲れない何か

2016年になり、コウジは

「もう少しでドーハなんだ」と意気込み、

空想でしかなかったコウジの夢は、うっすらと現実に見えはじめようとしていた。


そんな中、コウジにとってまたしても事件が起こった。


2016年2月


コウジは、本社の人事部と面談を行った。以前、面談した本社の方とは違い、人事部の方だった。


「コウジさん、こんにちは! こちらの声は聞こえますか?」


画面越しに二人が座っていて、左側の女性が話しかけてきた。

その女性は、コウジが内定者の頃に研修をしてくださった方だった。

右側の女性は人事部のリーダーだった。その方が主にコウジに質問をしてきた。


ミャンマーでの生活は3年半になろうとしていた。

本来であれば帰任であるが、人事からの通達は耳を疑うものだった。


「コウジさん、1年の任期の延長という理解でよろしいでしょうか?」


コウジは最初、「え?」と思ったが、まずは「はい」と言い返した。


すると、人事部のリーダーは、ニコッとした顔を浮かべていった。


「そうですか、それはよかったです。 本日はその確認でした。

 まだ時間はありますので、そちらでの苦労話や、困っていることなど 今日はいろいろお話しできればと思います」


その後、現状の業務の課題について淡々と確認や改善がないかの話が続いていった。


10分後、コウジは耐えられず口にした。

「すみません、一つ、腑に落ちない点が・・・・・私、1年と聞いてないです」


人事は驚きながら言った。

「え、でもここに1年延長と書いてありますけど・・・」


否定をしつつ、コウジは ぽろっと口にした。

「・・・そうなっては、僕のビジョンが狂う」


困った顔をする人事であったが、逆にコウジの発言に質問をしてきた。

「それではコウジさん、あなたの今後のプランはなんですか?」


一呼吸おいてから、コウジは自信たっぷりに、そして言葉に重みを持たせて言った。

「ドーハです。 ドーハの立ち上げです」と言った。


左に座っていた方は、無言でうなずいていた。

コウジのドーハの計画を実はこっそり知っていたのだ。


一方で人事部のリーダーは、コウジの計画を知らなかった。リーダーは、資料に目を配り再度尋ねた。

「コウジさん、ドーハの立ち上げ・・・たしかに計画にはありますね。

 でもあなた、どんなプランをお考えで、いつからスタートしたいと思っているんですか?」


人事部のリーダーは、コウジがドーハ計画の中心人物であることを知らなかった。


コウジは、すぐさま言い返した。

「その計画つくったの私なんですけど。 じゃあ説明しますね」


コウジは何度も事業部などからビジネスプランの指摘を受けてきた。

だからこそ、人事からの質問は何も怖くなかった。コウジは迷うことはなかった。

コウジはビジネスプランの説明後。続けて感情を露わにしながら言った。

「これらを僕は一人で、休暇を使って市場調査に行っているんです。旅行にも行かずに。 それに今年の4月にスイスにいきます。あの国の支店は一人で業務を回しているのでどういう回し方をしているか調べに行くんです。その後、ドバイとドーハによって会計事務所や銀行にも行って情報収集に行くんです。 ここまで僕はやっているんです!」


コウジは、どれだけの覚悟で計画を推し進めているのか声を大にして語った。

まるで人事の人を説教するかのような勢いだった。


コウジは必死だった。


ドーハをあきらめることは、今のコウジにとって何よりもつらいことだ。

ただただ、ドーハを譲ることができなかったのだ。


その後、声を聞いた水木が、部屋に入ってきては仲裁にはいった。

コウジは一瞬、水木がコウジに内緒で任期の延長をしたのかと疑ってしまった。

最後の最後で、コウジは水木と対立することになるのかと不安がった。

水木に事情を伝えると水木も驚いた顔をしていった。


「一年?・・・俺、一年って言ってないよな・・・・コウジさん」


水木も、コウジの任期を1年延長という話をしていないということがこのタイミングでわかった。


日本側と現地側、双方の認識相違であったことがその場で誤解がとかれたのだった。



その後、水木が人事と調整を行い、コウジの任期は最長でも2016年12月までとなった。

最長とは、その前にドーハへの話がまとまれば、そのままドーハへ赴任。ということだった。


コウジが任期の関係でドーハにいけないので、代わりに別の人を という最悪のプランはなくなった。


「ドーハへの道はコウジのために」という共通認識が生まれたのだった。

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