第8話 運命を変えた雫

早朝のドーハ空港は混雑していた。

多くのフライトが深夜と早朝に集中する為、自然とその時間帯は空港が混雑する。


コウジは、人をかき分けてチェックインカウンターに向かった。

ドーハ空港は、機体にボーディングブリッジがかからない為、ターミナルからバスで機体まで向かう。

その為、搭乗ゲート締切も出発時間から逆算して少し早い。


コウジは、遅れまいと早めに空港に向かっていた為、

大きなトラブルになることもなくロンドン行きの機体に搭乗した。


これから向かうロンドンは、コウジの友人が暮らしている。

その友人に会ったり、観光するのが目的だった。

ロンドンに着いたら、フィッシュアンドチップスを納得いくまで食べるぞと意気揚々だった。


離陸して2時間ほど経っただろうか、機内照明が暗くなり、周辺の乗客は眠りに入っていた。


時々、通路を歩く客室乗務員と、トイレの為に立つ乗客の姿が視界に入ってくるが、特に気にすることもなかった。


コウジはコーヒーを頼んだ。


アジア系の客室乗務員がコーヒーを持って来てくれた。

コウジと同じぐらいの年齢だろうか。


手が少し震えており、コウジは受け取ろうと手を伸ばした。


次の瞬間、機内が少しだけ揺れた。


すると乗務員の手元にコーヒーがポタポタ垂れてしまった。

コウジは咄嗟に、持っていたハンカチを彼女に渡した。


「これであなたの手を拭いて」


彼女は申し訳なさそうに手を拭いた。

すると今度は彼女の持っていたコーヒーがコウジのジーパンに数滴垂れてしまっていた。


乗務員:!!!! あっ・・・・・・ごめんなさい!!

溢れたジーパンの箇所を必死に拭こうとする彼女。


コウジ:いや、大丈夫だよ。 このジーパン、だいぶ古いし次のロンドンで捨てる予定だったし、気にしないでいいよ。


コウジは特に気にすることもなく、コーヒーだけもらいそれを飲み干した。



その後の機内で、彼女はコウジの席を通るたびに 申し訳なさそうな会釈をして通り過ぎていくのだった。


コウジは最初は気に留めていなかったが、どんどんと彼女が気の毒に思えて来たのだった。


コウジは、トイレに行く為に席を立った。

トイレを出るとまた彼女とすれ違いかけた。


コウジは勇気を出して声をかけた。


コウジ:さっきはどうも。あの、僕全然気にしていないので、これ以上謝らなくてもいいですよ。気にしないでください。

すると、彼女は少し笑って「ありがとうございます」とお礼を言った。


コウジ:ところであなたはどこの国出身ですか?

乗務員:台湾です。あなたは日本人ですか?


コウジ:そうです。よくわかりましたね。

乗務員:はい、あなたが読んでいた本が漢字の縦読みの本だったので・・・日本人ってわかりました。


コウジ:そんなところでわかるのか、すごいですね!僕はコウジっていいます。あたなは? ここでどれぐらい働いているんですか?

乗務員:エリーといいます。まだ入って2ヶ月です。


エリーは、新米の客室乗務員だった。

ユニフォーム姿はもどこかぎこちなく、着せられている 感じに見えた。


コウジはエリーと少しの時間、会話をし席に戻った。



4時間後、飛行機は無事ロンドン・ヒースロー空港に到着した。

機体のドアが開き、乗客がゾロゾロと降りていく。

コウジも上の棚から荷物をおろし、前の乗客が進むのを待っている。

ふと、後ろを見ると、エリーが立っていた。

乗客が降りるのを後ろから見送っていたのだ。


「彼女、面白い人だったな。またいつか会いたいな」

コウジは、少し考えた後 エリーのもとに向かい、連絡先を書いたメモを手渡した。


「ドーハにはまたくるから、是非会おう」


エリーにそう伝え、コウジは飛行機を降りた。

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