第12話 電灯騒動

 給食を食べ終わる頃、教室の前の方の蛍光灯が一本、チカチカし始めた。最初に気づいたのはガイア君だった。

「あれ、あそこの明かり、明滅してますよ」

「あ、本当だねー」

 先生もすぐに気づいた。

「あら。あとで直しておきます」

「あとで……?」

 ガイア君はきょろきょろと、教室を見渡した。

「今日、明かりをつけたのは、誰ですか?」

 私だった。今日は日直だから、朝早く来て、電気もつけたんだ。

「私だけど……」

「海さんでしたか」

 ガイア君の呼び方に、「海さん?」「なんで親しげなの?」とクラスメイト達がざわざわした。でもガイア君はそんなこと気にせずに、わざわざ立ち上がって、私の席まで来た。

「どこか体調でも悪いんですか?」

「え? 体調? なんで?」

「だって、今日の明かりをつけているのは、海さんなんですよね?」

「そうだけど、それと体調と、何が関係あるの?」

 クラスの誰も、ガイア君が何を言っているのか、わからなかった。わかっているのはフウラちゃんだけだった。

 ガイア君も、すぐにその空気に気がついた。自分は何かおかしなことを言ったらしい、と。だけど、何がおかしいのかは、全くわかっていない様子だった。

「どうやら、僕たちの世界とは全然違う何かがあるみたいですね?」

「うん、そうだね。私たちの世界では、電気と体調は全然関係ないよ」

「だとすると、あの明かりはどうやってついているのですか?」

「どうって……」

 そう言われても。私は全然、電気の仕組みなんて知らないし。

 困っていると、秋斗が助けてくれた。

「あれは蛍光灯っていうんだ。両端のフィラメントから電子を飛ばして、中の水銀原子に当てている。すると水銀原子が紫外線を出して、その紫外線を受けた蛍光塗料が光る仕組みだ」

「もうちょっと分かりやすく説明できない……?」

 私もガイア君も、クラスの誰一人として、理解できていない。

「簡単に言えば、電気を光に変える装置だ」

 簡単だ!

「その電気というのは、誰が供給しているのですか?」

「誰って言われると……発電所の人だな。遠い場所にある発電所で作られた電気が、電線を通ってここまで送られて、その蛍光灯を光らせている」

「ではその発電所の人の体調が?」

「いや、体調は関係ない。今チカチカしているのは、フィラメントが古くなったからだ。というかさっきからなんでそんなに体調を気にしてるんだ」

 二人の会話を聞いて、私はピンと来た。

「もしかして魔法世界では、明かりをつけるのに、つける人の体調が関係するの?」

「はい、そうです。明かりは魔法でつけるものですし、効果を持続させるには魔法をかけ続けなくてはいけません。ですので、つけている人の体調が悪くなると、明かりも暗くなります」

「え……?」

 な、なにそれ。

「それって、ものすごく不便じゃない!? 科学世界でいえば、電気をつけ続けるのに、自分でずっと発電し続けなきゃいけないってことだよね!?」

「なるほど、そこが常識の違いだったんですね」

 ガイア君もびっくりしていた。ただしもちろん、ガイア君の「びっくり」は、魔法じゃなくて電気についてだ。

「つまり、電気を生み出せない人でも、電気を使うことができるということですか」

「うん、もちろん、そうだよ。それがこっちの常識だよ」

 ガイア君は手を握りしめていた。

「それは、すごく、欲しい。それこそが、僕の作りたい世界です」

「どういう意味?」

「今のは、明かりに限った話じゃないんです。全ての魔法は、そういうものなんです。この間、海さんの家でテーブルを大きくしましたが、あのときフウラは魔法をかけ続けていたんですよ。フウラが魔法を解除すると、テーブルは小さくなりますから」

「えええっ!?」

 フウラちゃんは、そんな苦労をしてたの!? ずっと涼しい顔だったのに!? しかも途中で、お父さんの居場所を探す魔法まで使ったのに!?

 私はものすごく驚いていたけれど、クラスのみんなは別の理由で驚いていた。

「ガイア君、羽村さんの家に行ったの!?」「なんで!?」「どうして!?」「今度うちにも遊びに来ない!?」

 教室中はもう大騒ぎになって、私はガイア君と話を続けられなくなった。

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