第14話 浴衣
花火大会当日になった。
「はい、できた」
お母さんが私の背中を叩く。私は、鏡に映る自分の姿を見て、思わずにまにましてしまった。
お祭りのときにしか着ない、特別な服。浴衣! 全体的にピンクっぽくて、赤い花や、白い蝶々がたくさん描かれた浴衣だ。
髪型も変えてもらった。普段は下ろしてる前髪をヘアピンで横に流して、左右の髪もそれぞれまとめてツーサイドアップにしてもらった。
可愛い。
私、可愛い。ふふふふふ。
「テンション高いわね」
お母さんは呆れたように言った。
「気を付けて行ってくるのよ。それと、ガイア王子にくれぐれも失礼のないようにね?」
「大丈夫だって。もう友達だもん、私達」
と言ったものの、ガイア君もそう思ってるか、正直不安だ。流れで一緒に花火に行くことになったけど、ガイア君はどう思ってるんだろう?
ガイア君に聞きたいことが増えていくなぁ。それも、聞きにくいことばっかりだ。
お母さんが巾着袋にお小遣いを入れてくれた。
「ありがとう。じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
お母さんはそればっかりだ。私は手を振って、待ち合わせ場所の公園に向かった。
公園に着くと、すでに秋斗が来ていた。電灯に寄りかかって、スマホをいじっている。白いTシャツに黒い短パンっていう、いつも通りの格好だった。
「お待たせ、秋斗」
声をかけると、秋斗はスマホから目を上げた。そして、たじろいだ。目を泳がせて、口を半開きにしたまま固まってしまった。
「……? どうしたの?」
「あっ、いやっ、な、なんでも」
慌てたように、私から目をそらす。なんだこいつ。
「ね、ね。この浴衣、どう? 可愛くない?」
秋斗の前で腕を広げて、くるくる回ってみせる。でも秋斗は、全然こっちを見なかった。
「あー、うん、そうかもな」
なんだこいつ。
「ガイア君はまだなの?」
「そ、そうみたいだな。まだ待ち合わせ時間前だし……」
そう言ったとき、ちょうどガイア君がやってきた。私達に気が付くと、にこりと笑う。
「こんばんは。お待たせしてすみません」
「平気平気、いま来たところだから」
ガイア君は私の姿を一目見ると、
「とても可愛らしい格好ですね。似合っていますよ」
と言って笑ってくれた。
これだよこれ、こういう反応を待ってたのよ。
「ふふふ、ありがとう」
私はにやけながらお礼を言った。
「いつもの服とずいぶん違うわね。お祭りでは、女性はそういう格好しなきゃいけなかったのかしら?」
フウラちゃんは自分の服を見下ろした。フウラちゃんは薄いグリーンのノースリーブのワンピース姿だった。お祭りっていうより、ちょっとしたパーティみたいな服装だ。
「服装は自由だよ。ただ、日本のお祭りは古くからある伝統だから、こうして日本の昔の格好をすることが多いんだ」
「昔の格好なのね。へぇ」
「男性にはそういうものはないんですか?」
ガイア君は私服姿の秋斗に聞いた。
「あるけど、着る奴は少ないよ」
「そうなんですか。我が国でも、古い服装は特別なときにしか着ませんからね。どこの世界でもそういうものなのでしょう」
そういうガイア君も、いつも通りの服装だ。シワひとつない清潔なシャツに、高級そうなズボン。やっぱりパーティに行きそうな見た目だった。
「……あれ? そういえば、二人だけなのか?」
秋斗がきょろきょろと周りを見渡した。
「警備がどうとか言ってなかったか? てっきり、護衛の人達が付くんだと思ってたんだが」
「いるわよ、ここに!」
フウラちゃんが胸を張った。え、それってつまり……。
「フウラがガイアの護衛なのか!?」
「そうよ。私はガイア様のメイド兼護衛なの。緊急時の攻撃魔法の使用も許可されているわ」
私よりも背が低い、ちんまりしたこの子が護衛で、大丈夫なんだろうか。あ、でも魔法が使えるなら、体格はあんまり関係ないのかも?
……あれ? だけど前に、A班とかB班とか、増員するとか言ってたような……。
「すげえな、フウラ」
「えっへん」
「ま、それなら安心だ。じゃあ、そろそろ行こうか」
秋斗が先頭を歩き出し、ガイア君とフウラちゃんがそのあとに続いた。
私は早足で秋斗に追いつくと、小声で聞いた。
「ねえ、なんか変じゃない?」
「何が?」
「護衛のこと。前にA班とかB班とか言ってたよね? ということは、本当は班分けするくらいたくさんいるんじゃないの……?」
「まぁ、そうだろうな。どこかに隠れて見てるんだろ」
秋斗は当たり前のように言った。
「わかっててスルーしたの?」
「別に追及する必要もねぇし……それに、ガイアは王子だ。王族の護衛計画を、俺ら一般人にぺらぺら喋るわけないだろ」
た、たしかに、その通りだ。
私は後ろの二人を、ちらりと見た。
ガイア君は、王子。私とは立場が全然違う人だ。文字通り、住む世界が違う。
私とガイア君が友達だなんて、思い上がりも良いところなのかもしれない。
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