第13話 みんなで宿題

 この間の蛍光灯の事件で、私とガイア君たちは違う世界の人なんだってのを実感した。私たちの間には、「常識」ってのが全然ないんだ。

 そんなだから、理科や社会で苦労するのは、当たり前の話だ。

 秋斗は、そこに目をつけた。

「ガイアー、今日出た理科の宿題、できそうか?」

 当然、ガイア君はできそうにない。

「頑張ってみますけど、難しそうですね」

 そしたら、蛍光灯の事件で「科学の知識」があるところを見せた秋斗は、こう言うんだ。

「じゃあ、俺が教えてやると。海とフウラも入れて、四人で宿題やろうぜ」

 こうして私は再び、ガイア君とゆっくり話すチャンスを手にできた。


 だけど、ガイア君が宿題に困っているのは本当っぽかったので、話す前にまじめに宿題をやることにした。

 放課後の教室に残って、机をくっつけると、私たちは宿題を始めた。理科の宿題だ。プリント一枚だけだから、すぐ終わるだろう。

 ……と思ってたんだけど、すっごく時間がかかった。ガイア君が、科学世界の常識を本当に何も知らなかったからだ。

「コイルとはなんですか?」

「導線をぐるぐる巻きにしたものだ」

「導線とはなんですか?」

「金属の細い糸みたいなもので、電気が流れるようになってるんだ」

「電気とはなんですか?」

「電気ってのは……どこからどこまで説明すりゃいいんだこれ!?」

 フウラちゃんも似たような調子で、秋斗は二人の先生になっていた。

 三人の様子を見ながら、私はぼんやりと、ガイア君に何を相談すべきか考えていた。というより、相談してどうしたいのかを考えていた。

 お父さんが死んだのなら、どこでどうして死んだのかを知りたい。魔法を使えば、きっとそれはわかる。でも、それを知って、どうするのだろう?

 お母さんに教える? そんなことして、お母さんは喜ぶはずがない。

 お葬式を上げる? それだって、死んだ理由まではいらない。

 不思議だ。知ってもしょうがないことなのに、私は知りたがっている。

 私は窓の外を見た。遠くでセミが鳴いている。もう夕方なのに、痛いくらいに強い日差しが校庭を照らしている。

 お父さんがいなくなったのも、こんな暑い時期だった。夏休みの間中、お母さんはずっと落ち着かなかった。泣いたり、怒ったり。警察の人が何度も家に来ては、お母さんと何か話していた。

 そのせいで、毎年家族三人で行っていたお祭りも、去年は行かなかったんだ。花火の大きい音を、私は家の中で聞いていて、なんだか寂しい気持ちになっていた。

「花火とか、見に行きたいな」

 私はぼそっと呟いた。

「花火? 来週やるやつか?」

 そういえばそうだった。夏休みの少し前に、一個だけ、小さい花火大会が近所でやるのだ。

「そうだ、四人で行こうよ。花火大会。ガイア君は、こっちの世界の文化も知りたいんだよね?」

「ええ、そうですが……花火とはなんですか? こちらの文化ですか?」

 花火も知らないのかー。でももうこのくらいじゃ驚かないぞ。

「花火っていうのはね、夜空に打ち上げる、おっきい……」

 おっきい、なんだろう。火花じゃないし、炎じゃないし。

「おっきい花みたいなやつだよ。ドーンって大きい音が鳴って、ぴかぴか光る綺麗な花が夜空に咲くの。それをみんなで見るっていう……ま、アートだね」

 ちょっとカッコつけてしまったけど、間違いではないだろう。

「アート! 良いですね。こちらに来てから、まだ芸術には触れていません。僕も行ってみたいです」

 私が適当に言った言葉が、ガイア君の興味を引いたらしい。フウラちゃんも興味ありげだ。

「大会と言ったわね? どういう大会なの? あたし達も参加しなきゃいけないのかしら?」

「違う違う。スポーツの大会とかじゃないよ。ただのお祭り。私たちは、屋台で美味しいもの食べたり、花火を見たりして、楽しめば良いだけ」

「お祭り……ってことは、人は大勢くるのかしら?」

「そこそこかな? 大勢ってほどじゃないよ」

 フウラちゃんは真剣な顔で、ガイア君に耳打ちした。

「ガイア様、人が多くいる場所に行くのは、警備の問題が……」

「人員は増やせるんだよね? それならA班とB班それぞれに……」

 そっか。忘れかけてたけど、ガイア君は王子様だから、ボディガードみたいな人が必要なんだ。いつもは誰もいないけど、人混みに行くときはついてくるんだね。

 まじめな顔でフウラちゃんと話すガイア君は、さっきまでの常識を知らないガイア君と、とても同一人物には見えなかった。

 そして私は……結局、ガイア君にお父さんのことを切り出せなかった。

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