第24話 実験

「よし、実験の準備は整った!」

 翌日、私の部屋で、秋斗の実験が始まった。フウラちゃんが持ってきたテーブルの上には、すでに水晶玉が置いてある。

 難しい実験ではない、と秋斗は言っていた。人探しの魔法について、何パターンか試すだけだ、だって。

「昨日話してたけど、魔力ってのは電圧に似ている。魔力が低いと、離れたものに魔法をかけられないからな。そうだろ?」

「はい」

「ということは、人探しの魔法も、あまりに離れたところにいる人物は探せない可能性がある」

 あ、たしかに。私は全然気付いていなかった。ガイア君は、

「そんな話は聞いたことありません」

 と言い返したけど、秋斗は引かなかった。

「試してみないとわからないだろ。一見当たり前のことでも、実験して確かめるのが科学の基本だ」

 秋斗はカバンから、Tシャツを二枚出した。大きいTシャツと小さいTシャツだった。大きい方は綺麗だけど、小さい方はなんだか汚れている。

「まず、空間的な距離について考えたい。このTシャツは俺の父さんのものだけど、父さんはいま、仕事でブラジルに出張中なんだ」

「ブラジルってことは、地球の裏側?」

「そうだ。その距離、約一万三千キロメートル。もしこれで父さんを見つけられなかったら、フウラの魔法は地球全体をカバーできないってことだ。おじさんは、地球の裏側のどこかにいるかもしれない」

 一万三千……どのくらいの距離なのか想像もつかない。

 早速フウラちゃんが、魔法の棒をTシャツに突き付けた。

「杉本秋斗の父親、杉本悠太ゆうたの居場所を示せ」

 するとTシャツが破れだし、水晶の中に黒いモヤが浮かびだした。それはやがて、何かのシルエットを表すように、はっきりとした形にまとまり始めた。そして数秒後、パッとひとつの映像を作った。

 ホテルのベッドで、秋斗のお父さんが寝ている。それが映されると同時に、頭の中に言葉が浮かんだ。

 ブラジル、サンパウロ州サンパウロ。秋斗のお父さんはそこにいるんだ!

「合ってるな。つまり、地球上のどこにいても、人探しの魔法からは隠れられないことになる」

「知らなかったわ。こんな遠くまで探したことないから」

 フウラちゃんも驚いていた。

 秋斗は破れたTシャツを丸めながら続けた。

「じゃあ次、時間的な距離だ。おじさんがいなくなったのは一年以上前だ。一年も前の持ち物では探せなかった可能性がある。そこで、これだ」

 秋斗はもう一枚の、小さくてくたびれているTシャツを指差した。

「これは、俺が一年以上着てないTシャツだ。背が伸びて着れなくなったんだけど、気に入ってたから捨てるに捨てにくくってそのままにしてたんだ」

「あ、そういえば見たことあるかも」

 小学二、三年生のときに秋斗がよく着てたかも。フラスコとかビーカーとかの、科学実験道具が描かれたTシャツだ。あのときは何が描いてあるのかよくわからなかったけど、いまは授業で習ったから知っている。

「ずっとタンスの奥にしまってあったこれで、俺を探せるかどうか、試してくれ」

「わかったわ。杉本秋斗の居場所を示せ」

 魔法の棒を突き付けて、そう唱える。また水晶玉にモヤが浮かび上がると、やがてパッと映像を作った。

 秋斗の横顔だ。そして、私の部屋が映っている。今度は頭の中に言葉すら浮かばない。この映像の場所が私の部屋だと、私自身が知っているからだ。

「なるほど、一年以上使っていなくても、持ち主として判定されるんだな」

 秋斗は納得してうなずいていたけど、私はだんだんハラハラしてきた。

 よく考えたら、これでお父さんの死が確定する可能性もあるんだ。どこにいる誰であってもこの魔法で必ず探し出せるとしたら、探せないのは死人しかいない。それがわかってしまったら、私は……。

「じゃあ、最後だ。ガイア、頼んだものは用意できたか?」

「はい。こちらです」

 ガイア君が出したのは、一枚の布だった。少し大きめのハンカチ、かな。

「これは何?」

「僕の護衛が持っていたハンカチです。そして彼には今、魔法世界に帰ってもらっています」

 魔法世界に……?

 はっと気付いて、私は秋斗を見た。

「まさか」

「そうだ。地球上のどこにいても探せる魔法でも、異世界までは探せない可能性がある。やってくれ、フウラ」

 フウラちゃんは魔法の棒の先端を、ハンカチに付けた。そして呪文を唱える。

「ガイア王子の護衛、ジョン・ゴロフの居場所を示せ」

 水晶玉の中に、再び黒いモヤが現れる。それは内部でゆらゆらと揺れて、丸くなったり、人型になったりした。

 私達は、その様子を黙って見つめていた。

 ものすごく長い時間がかかったように感じた。でも実際には、ほんの数秒のことだったんだと思う。

 やがて、モヤは、すっと消えた。

 これは……お父さんを探したときと、同じ反応!

 私達は顔を上げて、うなずきあった。

「決まりだな」

 秋斗が言った。

「海のお父さんは、魔法世界にいる可能性がある」

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