第23話 科学の理論と魔法の理論

「お父さんの話は、どう思う?」

 あの人たちは、賢者の石のことを「龍河さん」に聞いたと言っていた。

「もしかして、お父さんは生きてるんじゃ?」

「それは考えられません。人探しの魔法で見つからないということは、残念ですが……」

 そこは間違いないのか……。

「だったら、あの人たちはどうして、お父さんに聞いたなんて言ったの?」

「生前の龍河さんに会っていたんじゃないでしょうか。龍河さんの失踪が一年前でも、亡くなったのは最近なのかもしれません。つい最近まで、彼らとともに行動していた可能性があります」

 ってことは、結局、あの人たちが何者なのかがわからない限り、お父さんの死の真相はわからないわけだ。

 だけど、秋斗が疑ってかかった。

「それなんだが、本当に、見つからないってことは死んでるってことなのか? それは理論的に証明できるのか?」

 なんか難しいこと言い出したぞ。

「魔法に理論なんてありませんよ。起こることなら起こるし、そうでなければ起こらない。理論があるとすれば、ただそれだけです」

「俺はその考えが気に入らない。魔法には本当になんの法則もないのか? ガイア達が知らないだけじゃなくて?」

「ありません。歴史上誰一人として、魔法に法則を見つけた者はいません」

?」

 秋斗は口調を強めた。なにか、よほど大きな自信があるらしい。

「どういう意味ですか?」

「襲撃者たちの三人目、あの髪の長い男が、こう言ってただろ。海の父さんは、魔法世界の誰よりも魔法に詳しい、って。科学者であるおじさんが魔法に詳しい理由は、ひとつしか考えられない」

 秋斗は指を一本立てた。

「魔法の理論を見つけたんだ。おそらく、科学的な手法で。科学は、一度理論を見つけてしまえば、そこから新しい現象を『予言』することができる」

「予言!?」

 一番びっくりしたのは私だった。

「科学で、そんな魔法みたいなことができるの?」

「できる。十九世紀の科学者マクスウェルは、電磁波の存在を予言した。当時は誰もそんなものの存在は知らなかったが、予言から約二十年後、ドイツの科学者ヘルツが電磁波を発見した」

「電磁波?」

「簡単に言えば、電波のことだ。俺達がスマホでインターネットできるのは、マクスウェルが電磁波の存在を予言したおかげだ」

 私はスマホを持ってないけど、ものすごいものを予言したんだってことはわかった。

「おじさんも同じことをしたんじゃないか? 魔法の理論を見つけ、結界に入る魔法の存在を予言した。そしてあいつらは、その予言通りに魔法を実行した」

「だから、瞬間移動で結界の内部に入り込めた……」

「もしかしたら、賢者の石の存在も、理論的に予言したのかもしれない」

 ガイア君は「ううん」とうなった。そんなことは考えたこともない、という雰囲気だった。

「ついでだから、魔法について聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょう」

「魔法ってのは、距離が離れてると使えないものなのか? 海を捕まえた男が、遠くから魔法を使われて驚いていただろ?」

 そういえばそうだ。私を捕まえた人は、ガイア君の魔法で吹き飛ばされたんだった。でもあの人は、ガイア君から距離を取れば、魔法をかけられないと思っていた。

 だけど、ガイア君もお母さんも、離れたものを止めたり動かしたりする魔法が使えるんだ。どうして、あの人はそれを知らなかったんだろう?

「多くの人は、離れたものに魔法を使えません」

 と、ガイア君はきっぱりと言った。

「離れたものに魔法を使うためには、大きな魔力が必要になります」

「あたしも、触っているものにしか魔法を使えないわ」

「え、そうなの?」

 言われてみれば、フウラちゃんが魔法を使うときは、必ずそれに触っていた気がする。魔法の棒を使うときも、棒の先端をテーブルとか耳とかに付けていた。

「ふぅん……電圧に似てるな」

「電圧って?」

 理科の授業で聞いたような気はする。

「電気を流そうとするエネルギーみたいなものだ。電気ってのは、基本、触れ合ったもの同士でないと流れない。コンセントの穴から、勝手に電気があふれ出したりしないだろ?」

 それはそうだ。

「だけど、電圧を上げると、触れてないものにも電気が流れることがある。たとえば、雷がそうだ。あれは、雲の中にたまった電気が、遠く離れた地面に向かってあふれ出す現象なんだ」

 雷ってそんな現象だったんだ。

「だとすると、おじさん探しの魔法が失敗した理由も、いくつか仮説が立つ。明日、実験させてもらえないか?」

「実験とはなんですか?」

 秋斗は得意気に笑った。

「実験ってのは、科学の基本技だ」


 それから私達は、あの人たちの正体についてあれこれ話したり、かと思えば他愛もない雑談をしたりして、思いっきり夜更かしした。

 だけどそのうち、秋斗が寝て、フウラちゃんが寝息を立て始めた。

 私とガイア君もいつの間にかしゃべらなくなって、私は無言で天井を見つめていた。

 今日はすっごく疲れた。浴衣の着付けして、花火を見に行って、襲われて……。

 あっ。

 ガイア君に言わなきゃいけないことが、あるんだった。

 聞きたいことはたくさん聞けた。だけど、もっと先に言うべきことがあった。

「ねえ。ガイア君、起きてる?」

 私は他の二人を起こさないように、小声で聞いた。

「起きてますよ」

 眠そうな声だったけど、よかった、まだ起きてた。

「あのね、ガイア君。今日、あの男の人に私が捕まったとき、助けてくれたよね?」

「ええ、そうですね」

「……ありがとう。嬉しかった」

 ガイア君は、ふふ、と笑った。

「友達を助けるのは、当然のことです」

「そ、そう? ごめんね、それだけ。それじゃ、おやすみ」

 なんだか急に恥ずかしくなって、私は早口でそう言った。

「はい、おやすみなさい、海さん」

 それきり私達は何も話さなかった。

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