第21話 魔法の道具

「ち、違う違う! そういう意味じゃないよ!!」

 私は慌てて否定した。別に、ガイア君が好きとか、そういう話じゃ全然ない。

「その、ほら、私たち、一緒に宿題やったり、花火見に行ったりしたでしょ? だけどガイア君は魔法世界の人だし、私たちとは身分も違うし、いつまでこうしていられるのかな、って思って……」

 待って、否定したつもりなのに、ますます恋バナっぽくなってる気がする。ううう、うまい言葉が思いつかない。

 でもガイア君は、私の気持ちを汲んでくれた。

「海さんも秋斗君も、科学世界で初めてできた僕の友人です。たとえ僕が魔法世界に帰ったあとでも、僕たちはずっと友人ですよ」

 ガイア君の言葉に、私の心臓はどきりとした。

 嬉しい。ちゃんと、ガイア君も私のこと、友達だと思っててくれたんだ。

「……正直言って、僕には今まで、友人と呼べるような人がいなかったんです」

「そうなの?」

「はい。なにしろ僕は、王子ですから」

 ガイア君はぽつりと言った。

「同じ年頃で、同じ身分の人はいません。気軽に遊びに行くこともできません。出会う人はみんな、僕と利害関係のある人ばかり。対等な立場の、利害のない友人というものは、今までひとりもいなかったんです」

 ガイア君の声は、寂しげだった。

「科学世界に来たのには、色んな目的があります。そのうちのひとつが、友人作りだったんです。別の世界なら、きっと対等な立場での友人が作れるだろうって。あわよくば、その人たちが魔法を怖がってなくて、科学にも詳しければいいなぁと夢想していました」

 ガイア君は私と秋斗を見て、微笑んだ。

「ですから、お二人に出会えて、とても嬉しかったんです」

「お、お世辞じゃないだろうな」

 秋斗は照れていた。

 もちろんお世辞じゃないことは、ガイア君の顔を見ればわかる。ガイア君は本当に、喜んでいるんだ。

 なんだか私も照れてきた。恋バナじゃなかったはずなのに、恋バナより恥ずかしくなっていた。

「フウラちゃんも、友達だよね」

「……そうね。付き合うに値する相手だと思うわ」

「なんだよ、照れてるのか?」

「そうじゃないわ。あたしの発明品を見ても文句を言わなかったのは、あなた達で二人目と三人目だったから」

 どゆこと?

「発明品って、あの棒のことか?」

「他にも色々あるのよ。魔力を与えるだけで、自動で服を洗濯してくれる道具とか、部屋中のほこりを集めてくれる道具とか」

 それって……洗濯機と掃除機!? 魔法世界にはないんだ!?

「あたしがそれを作って、お城で初めて使ったとき、メイド全員から言われたわ。『ずるい』って。あたしはただ、便利になればみんな喜ぶと思ったのに」

「そんなの、全然ずるくねーよ」

 秋斗は真剣な声で言った。

「それ作るの、めちゃくちゃ大変だっただろ。普通に掃除した方が、むしろ楽だったんじゃないか?」

「え、ええ。そうね」

「道具ってのは、そういうもんだ。作るのがめっちゃ大変で、だけど一度作ればすごく楽になる。そしてその道具は、同じものを作れば誰もが楽をできる。魔法世界じゃどうか知らないが、少なくとも科学世界ではそうだ」

「こっちの世界にも、道具はあるのかしら?」

「見ての通りだよ。自動で掃除する道具も、自動で洗濯する道具もある。まだちょっと人間の手が必要だけど、いずれは全て自動になるだろうって言われてる。人類はそうやって、生活を豊かにしてきたんだ」

「たしかに、こっちの世界はすごく豊かね」

 フウラちゃんはしみじみと言った。

「実は、ガイア様も同じようなことを言ったわ。あたしの道具を見て、すごく役立つと褒めてくれたの。だからあたしは、ガイア様の専属のメイドになったのよ」

「そうなの?」

 と私はガイア君に聞いた。ガイア君は、「はい」とうなずいた。

「ああいう道具を作れるなら、きっと誰でも魔法を使える世界にできる……少なくとも、誰もが魔法のようなものが使える世界にできるんじゃないか、と思ったんです」

 魔法のようなもの、か。

 科学世界じゃ、自動で洗濯したり自動で掃除したりなんて、当たり前のことだ。魔法みたいだなんて、思ったこともない。だけど、ガイア君たちにとっては違うんだ。

 そうだ。ガイア君は蛍光灯も、車も、花火も知らなかった。魔法世界には、そういうものが全くないんだ。スイッチひとつでつく明かりも、ペダルを踏むだけで動く乗り物も。綺麗に輝く安全な爆弾もない。

 全部、全部、魔法のようなものなんだ。

「前から気になってたんだけどよ」

 秋斗がガイア君の方を見た。

「魔法世界の人って、全員が魔法を使えるわけじゃないんだよな?」

「はい、そうです。魔法を一切使えない人もいらっしゃいます」

「だけど、俺たちの世界みたいな、科学技術はないんだろ?」

「そうですね。明かりをつけるのも魔法ですし、掃除や洗濯も基本は魔法で行います」

「じゃあ、魔法を使えない人たちは、ものすごく不便な生活をしているんじゃないか?」

「その通りです」

 ガイア君は真剣な表情でうなずいた。

「それに、魔法を使える人でも、すべての魔法を使えるわけではありません。たとえば、フウラが使っていた『相手を弱くする魔法』は、僕には使えません。逆に、僕にできる『ものを空中で止める魔法』を、フウラは使えません」

「じゃあ、魔法は使えるけど、明かりはつけられない人もいるってことか?」

「はい。ですからほとんどの人たちが、不便な生活を送っています」

「それって、なんとかできないのか?」

「もちろん、なんとかしようとしています。僕はそのために、科学世界に来たんです。科学技術は誰でも使えると聞いていましたから、それを魔法世界に輸入できないかと思って」

「なるほどな。こっちと科学法則が同じなら、たしかに魔法世界でも科学が使えるはずだ」

「それと、もうひとつ」

 ガイア君は人差し指を一本立てた。

 そして、とても意外なことを言った。

「賢者の石があれば、誰でも魔法が使えるようになると僕は考えています。そして賢者の石は、こっちの世界にあるんです」

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