第7話 お母さんとお父さん

 私が部屋にランドセルを置いて戻ってくると、三人はリビングで楽しそうに喋っていた。家に秋斗以外のクラスメイトが二人もいるなんて、初めて見る光景だ。

「なるほど、幼い頃から一緒に遊んでいたから、海さんがハーフだと知ったのは仲良くなってからだと」

「正確にいつ知ったかは覚えてないけど、そうだったと思うぜ。初めて海のお母さん見たとき、金髪でカッケーって思った記憶がある」

「魔法を怖いと思う前に知ったのが良かったのかもしれないわね」

「だとすると、僕たちは幼い子供にアピールするべきかもしれません」

 って、私と秋斗の馴れ初めの話してる!? いや、馴れ初めって言っても、付き合ってるわけでもなんでもないけど。

「あの頃の海は、自分も将来魔法使いになるんだって毎日言ってたぜ。魔法少女マジカル・オーシャンとか言って、俺に魔法をかけようとしてた」

「ちょ、ちょっと! 人のプライベートを勝手に話さないでよ!」

「なんだよ、海。いいじゃねえか。俺のプライベートを俺が話してるだけなんだから」

「私のプライベートでもあるでしょーっ!」

 やいのやいの言っていると、お母さんが台所から出てきた。両手に持った大皿の上には、クッキーやチョコが載っている。そしてその周りには、ティーポットとティーカップが浮いていた。

「本当にすみません、こんなものしか用意できなくて」

「いえいえ。全然構いませんよ。こちらこそ、気を使わせてしまってすみません」

「ミナモ様、せめて注ぐのはあたしにやらせてください」

 フウラちゃんが立ち上がって、ポットを受け取った。全員のカップに紅茶を注いでいく。手際がいい。ガイア君の専属メイドって言ってたから、普段からこういうことをしているんだ。

 お母さんは「ありがとう」と言って、フウラちゃんの差し出したカップを受け取った。そして紅茶を一口飲むと言った。

「それで、私と龍河の話を聞きたいということでしたが?」

「はい」

 ガイア君も真面目な声に戻って言った。

「僕はこの世界と魔法世界を、もっと友好的にしたいんです。その方が、絶対に両世界にとって利益になると考えています」

「龍河も似たようなことを言っていました。私に声をかけた理由もそうだと。どこまで本当かは知りませんが」

 お母さんとお父さんは、大学の図書館で知り合ったらしい。

 当時のお父さんは、大学で研究者をしていた。そしてお母さんは、その大学の図書館で司書をしていたんだ。ちなみに、今もそこで働いている。

「科学世界で働いていたんですか? 観光や留学ではなくて?」

「はい。私も科学に興味があったんですが、留学できることを知らなくて。それで、図書館に勤めれば本を読む機会もあるだろうと思って、働いていました」

 そしてそれは、想像以上の効果があった。お母さんは、科学者のお父さんと出会ったからだ。

 先に声をかけてきたのはお父さんの方。最初は普通に本の場所を聞くだけだったのが、何度も聞くうちにだんだん雑談もするようになってきて、ついにデートに誘われたんだって!

 その頃には、お母さんもお父さんの科学の話を聞くのが楽しくなっていたから、誘いを受けた。そして何度かデートした後、付き合うことになったんだって。

「素敵なお話です、ミナモ様!」

 フウラちゃんが両手を合わせて興奮している。私も、お母さんたちの話だってことをつい忘れて、ときめいてしまった。

「ミナモ様は科学に興味があり、龍河様は魔法に興味があり、お互いが興味を満たせるお相手だった。初めは知的好奇心で近づいた二人が、やがてお互いそのものに惹かれ合うことに……良い、良いです!」

「フウラ、少し静かに」

「す、すみません」

 ガイア君に叱られて、フウラちゃんはしゅんとなった。

「二年ほど付き合ってから結婚して、すぐに海が生まれました。ですが、その頃から龍河は少しずつおかしくなっていきまして……」

「おかしく、とは」

「海に何度も魔法を使わせようとしたんです。私はやめてと言ったんですが」

 みんなの視線が私に向いた。見られても困る。

 でも言われてみれば……。お父さんは時々、私に妙なことをした。小さいブロックを持たせて「浮かせてみろ」と言ったり、食パンとベーコンを見せて「中に入れてみろ」と言ったり……あと、「海も将来は魔法使いになれる」と何度も言った。

 ってことは、私が秋斗の前で魔法少女を名乗ったのは、お父さんのせいじゃん!

「そして一年ほど前、突然龍河がいなくなりました。家にも帰って来ないし、大学の研究室にもいないし、誰に聞いてもどこに行ったのか知らないと……」

 あの頃のお母さんは大変だった。心配したり怒ったりを繰り返していた。今はすっかり落ち着いているけれど。

「本当に何も心当たりは?」

「ありません。事件なのか、事故なのかも……警察にも連絡しましたが、手がかりは全く」

 私たちは何も言えずに、黙り込んだ。

「ただ、昔から時々いなくなる人だったんです。一週間くらい、研究室にこもり切りになったりしてて。だから今も、どこかにこもって何かの研究に没頭しているのかもしれません」

 私たちの暗い空気を察して、お母さんは「ごめんなさいね、こんな話して」と言った。

「いえ、こちらこそ、辛い話をさせてしまって申し訳ありません」

「別に辛くはありません。あの人のことですから、どうせそのうちフラッと帰ってきて、『あの不思議なサンドウィッチを食べさせてくれ』と言うに違いありません」

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