科学の私と魔法の王子

黄黒真直

第1章 魔法使いがやってきた

第1話 もしも魔法が使えたら

 私にも魔法が使えれば、こんなピンチは簡単に切り抜けられるのに!

 朝、自分の部屋で、私は大慌てで着替えていた。学校が始まるのは八時二十分。うちから学校までは約二十分。つまり八時には家を出ないといけない。

 そして現在時刻は、七時五十九分!

 今すぐに家を出れば歩いても間に合う。だけどそれはできない。一瞬で着替える魔法なんてないし、一瞬で髪をとかす魔法もない。それに一階に降りれば、お母さんが朝ご飯だけは食べて行きなさいって言う。そんな時間ないのに!

 五分くらいかけて準備を済ませたら、私は階段をひとつ飛ばしに走って下に降りた。

「おはよう、うみ

「お母さん、おはよう。いってきます!」

「こら、だめよ。!」

 お母さんが指を振りながら怒鳴った。その途端、私の体はピシッと固まって動かなくなってしまう。そしてずりずりと、リビングのテーブルの方に引っ張られて行く。

 だけどお母さんは、台所から一歩も出ていない。なのに私は、見えない手で、無理やり椅子に座らされた。

「朝ご飯だけはちゃんと食べて行きなさい」

「でもぉ」

「だめよ。サンドウィッチだけでもいいから」

「はぁい……」

 抵抗しても無駄だ。逃げようとしても、私の体はまた、さっきみたいに操られてしまうだろう。

 お母さんが台所から出てきた。金色の髪が、朝日を受けて魔法みたいにきらきら輝いている。それを見れば分かる通り、お母さんは日本人じゃない。

 お母さんの出身地は、「魔法世界の国」のシュバルツ王国。

 お母さんは、魔法使いなんだ。

 一方で、お父さんは日本人。だから私は、世にも珍しい科学の国と魔法の国のハーフってことになるんだけど……残念ながら、髪は真っ黒だし、魔法も使えない。完全にお父さんに似てしまった。

「はい、いただきますは?」

「いただきます……」

 私の体は、やっと自由の身になった。テーブルに出されたお皿には、少し厚めのトーストが一切れ乗っている。またこれか、と思いながら、両手で持って食べる。

 トーストには切れ目が全く入っていない。でも一口かじると、中からシャキシャキのレタスやベーコン、完熟の目玉焼きが出てくる。魔法を使って、トーストの内側に具を詰めているんだ。

 でもこれ、私が食べると中身がぽろぽろこぼれてきて、食べづらい。お父さんもよくこぼしていた。お母さんは魔法でせき止めながら食べてるみたいで、いつもきれいに食べている。

「いってきます!」

 サンドウィッチを急いで食べると、私は今度こそ走り出した。ちらっと時計を見ると、八時十分を回っている。

「危ないからゆっくり行くのよー!」

 お母さんの言葉を背中に受けながら、私は玄関を飛び出した。

 大丈夫、走ればまだ間に合うはずだ。

 坂道を駆け上っていると、後ろから声をかけられた。

「よう、海。また遅刻か?」

秋斗あきと!」

 近所に住む幼馴染の杉本すぎもと秋斗だった。必死に走る私の後ろから、涼しい顔で追いついてきた。

「って、あんたも遅刻でしょ!」

 秋斗は爽やかな笑顔を浮かべている。この笑顔、クラスの女子には大人気だ。くそぅ、イケメンは遅刻しそうでもかっこいいのずるい。

「いやいや、俺は遅刻しないよ」

「なんでよ。私より足が速いから?」

「違うよ。俺の足を見てみな」

 よく見ると、秋斗は足を動かしていない! 棒立ちしたまま、すーっと動いている!

「えっ、なんで!? どうなってるの!?」

「電動ローラースケートさ。この靴、裏にタイヤが仕込んであって、歩かなくても進めるんだ。速度を出すと危ないけど、海くらいなら追い抜けるんだぜ」

「な、なにそれ! ずるい!!」

「ずるくないさ。人類の叡智の結晶だよ。人類がタイヤやモーターを生み出すのに、どれだけ努力したと思ってるんだ。俺はそれを否定する気にはなれないね。じゃ、お先」

「なに意味わかんないこと言ってんのー!」

 遠く離れていく秋斗の背中に、私は怒鳴り声をあげた。それでも秋斗は止まらない。私には魔法が使えないから、秋斗を止めることはできない。

 ああ、もう! 魔法さえ使えれば、空を飛んで一瞬で学校まで行っちゃうのに!

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