第32話 お父さんの家

「今! すぐに! すぐにその人に会いたいです!」

 私は我慢できずに言ってしまった。村長さんは突然の大声に驚いていた。

「どうされました、海さん。もしかして、お知り合いなのですか?」

「ええと、その……そんなようなものです!」

 村長さんは不思議そうにしながら、椅子に座った。木の椅子に、柔らかそうなクッションを乗せた椅子だ。

「そういえば、ウミ、という名前には聞き覚えがある。龍河殿が言ってたような……」

「もしかして、羽村海さんですか?」

 そう聞いてきたのは、クリンさんだった。隣の部屋から、お盆を持って入ってきたところだった。

「わたしも名前を聞いた気がしていたんです。あなた、龍河さんの娘さんではないですか?」

 そこまで知られてるのかぁ……。私達の正体は、完全に丸裸にされてしまった。

「おおそうだ、思い出した! 十歳になる娘がいると聞いていたんだ! 娘がいるのにこんな村にいていいのかと聞いたら、心配ない、とだけ答えたのだ!」

 お父さん〜〜! いかにも言いそうなことだけど、ちょっとは心配して欲しかった。というかその時点で帰ってきてよ。

「まぁ、その、はい。娘です……なので、父に会いたいんですけど、会わせてくれますか?」

 もしお父さんが監禁されているのだとしたら、この質問は危険だ。私達はいわば、敵地のど真ん中にいるわけだから、私達まで監禁されてしまうかもしれない。

 だけど、もし監禁してるなら、村長さんはこんな得意げにお父さんのことを話さないだろう。電気だって見せないはずだ。わざわざ客間に電気を取り付けてるってことは、それを自慢したいってこと。つまり村長さんにやましいところは何もないって証拠だ。

 私はそこまで考えて……ってわけじゃないけど、なんとなく大丈夫そうな気がしたので、私はそう質問した。

 思った通り、村長さんは快くうなずいてくれた。

「もちろんですよ。あとでクリンに案内させますね。その前に皆さん、城下町から来たのならお疲れでしょう、どうぞお茶でも……」

「あの! 本当に、今すぐお願いします!!」

 こっちにはタイムリミットがあるからね!


 クリンさんと一緒に、私達はお父さんの家を目指した。村の北の方にある大きな家だと言っていた。

「どのくらい大きいんですか?」

 って聞いたら、村長さんの家くらいだって答えた。振り返って村長さんの家を確認すると、私の家より小さいくらいだった。

 歩きながら村の家をチラチラ見ると、どの家にも電気がついていた。

「あれは全部、お父さんが設置したんですか?」

「はい、そうです。他にも、村の中央には食べ物を冷やす倉庫を作ってくださいましたし、体や服を綺麗にする石も作ってくださいました」

 冷蔵庫に、石鹸だ。

「電気を使ってるのに、どこにも電線がないな」

 秋斗は空をきょろきょろ見ながら言った。

「電気はどうやって調達してるんですか?」

「わたしには仕組みはわからないのですが……大きな輪っかの中でニコラを走らせると、『バッテリー』という箱の中に電気の力が溜まるとか。その箱を各家庭に運んでいます」

「まさかのニコラ発電かよ」

 村にニコラが見当たらないのは、ニコラがみんな発電所にいるからなのかな。

「着きました。こちらが、龍河さんのお宅です」

「え、もう!?」

 意外と早く着いた。十分も歩いてない気がする。

 周囲に他の家はなかった。大きな木のすぐ隣に、その家はあった。たしかに村長さんの家くらいの大きさがある。壁は石でできていて、大きな窓がいくつもあった。でもカーテンが閉め切られていて、中の様子は見えない。

「この時間ですと、お仕事中かと思いますが」

 クリンさんが、木のドアをコンコンと叩く。そして返事も待たずにドアを開けた。

「龍河さん。娘の海さんがいらっしゃいましたよ」

 部屋の中には誰もいなかった。椅子とテーブルがあって、その上には使い終わった食器が並んでいた。ご飯を食べたあと、片付けずにそのままにしているんだ。

 クリンさんは遠慮せず家に入り、奥のドアを叩いた。

「龍河さん。海さんが来ましたよ」

 また返事を待たずにドアを開ける。

 そのドアの向こうは。

 床にもテーブルにも紙が積み重ねられた部屋だった。どの紙にも、図や数式がびっしりと書き込まれている。

 壁には石の棚があり、そこにはありとあらゆる科学道具が、ぎゅうぎゅう詰めになって並んでいる。

 そして部屋の中央、テーブルの前に座っていたのは。

 鉛筆のようなものを持ち、びっくりした顔で私を見る、黒い髪の男の人は。

「お父さん!!」

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